- TOP
- ノスタルジック探訪


美と技を愛でるレトロ建築
VINTAGE BUILDING

まるでそこだけ時が止まっているかのように、往時の姿を留めるレトロ建築。近代的な建物が建ち並ぶ大阪にも、そんなレトロ建築がそこかしこに残っています。店舗やオフィスなどとして今なお使われ続けている建物の中には、文化財に指定されたものも。施された美と技、漂う風格、そして刻まれた歴史を愛でに、出かけてみませんか。
Spot おすすめスポット
スポット 54件

教会の中に入ったことあるよ~って方、いらっしゃいますか? 「クリスチャンじゃないから関係ないし…」なんて言わずに、どなたでもどの信仰の方でも、ぜひいっぺん訪れてほしいのが、この『日本キリスト教団 浪花教会』や。オフィスビルの建ち並ぶ淀屋橋界隈で1877年創立、今の建物は1930年にゴシック様式建築としてこの地に建った。1930年といえば戦前で、その後の戦火で多くの建物が崩壊した中で、奇跡ともいえるほど無事にその姿を温存できたっていうから、やっぱり神様の力なんやろなぁ。デザインと設計を担当したのは、教会設計士の巨匠といわれるウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏というクリスチャンで、他にも多くの教会を手掛けており、ヴォーリズ氏ならではの独自の建築技術を多数生み出した。例えば、この教会の礼拝堂、中央に必ずありそうな十字架がないねん。心から礼拝をささげ、聖書の言葉に耳を傾ける姿勢を、ヴォーリズ氏が表現したのかもしれんな。建物の一番の特徴は大きなステンドグラス。残念ながら取材した日は曇り空やったけど、晴天ならガラスから入る日光がホンマ美しいんやって。こちらの教会は、見学だけなら平日でもOKやから予約だけはしといてな。毎週日曜日10時半からは礼拝が行われている。讃美歌を歌い、聖書の言葉を読み、いろんな世代の人々と触れ合う場所にいることで、心を整えていく。都会の真ん中でそんな体験ができるなんて幸せなことや。公式HPでは、オルガンコンサートの案内もしているから、興味ある人はぜひ聴きに行ってな。※2024年2月現在の情報です。(I.R)
住所:大阪市中央区高麗橋2-6-2
アクセス:大阪メトロ淀屋橋駅から徒歩5分
https://www.naniwachurch.com/
かつては、商人達が通りを歩きまわっていた昭和時代。船場界隈は、ビジネスマンが行きかう、商売で栄えた街やった。そんな商人達の大阪のビジネスホテルとして大正12年に「澤野ビルヂング」として建てられたこの建物は、当時の雰囲気を受け継ぎつつ、時代ごとに少しずつ変化しながら、今に至っている。ビルの中の見学はいつでも自由にできるから、いっぺん入ってみて。建築に詳しい人なら一目でわかると思うけど、ビル全体がアールデコ調っていって、曲線や円形をふんだんに使ったデザインに設計されてるねん。だから、何ていうかこう、柔らか~であたたか~な雰囲気やねんな。廊下に沿って並ぶ扉はどれも小さいけれど、ここがかつてホテルだったことを思えば、なるほどな~って頷けるわ。1階では、お洒落なフレンチレストラン『macua(マキュア)』さんが営業してはる。内装は白を基調としたシンプルで清潔感のあるインテリアながら、建築物の特徴はしっかりと受け継ぐかのように、基礎のレンガ内壁をちゃんと見せるよう、透明のガラスを重ねたデザインが、ほんま、美しい。せっかくのレトロビルの素晴らしさを、次世代へ受け継ごうという強い意志が、オーナーさんとテナントさんで、お互いに尊重しあっているから、こんな温かな関係が築けるんやろな。大阪が誇る、国登録有形文化財にもなっている名所やから、ぜひ足を運んでみてな。※2024年1月の情報です。(I.R)
住所:大阪市中央区伏見町2丁目2-3
アクセス:大阪メトロ北浜駅から徒歩3分
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E3%83%93%E3%83%AB
1959(昭和34)年、幹線道路の交差点角地にバウムクーヘンみたいな曲面の新桜川ビルがでけましてん。60年の時を経て、今では桜川のランドマークと言うてよい存在です。後からビルの前に作られた、大きく弧を描く阪神高速とは、まるで合わせて建てたかのような見事なハーモニー。ビルは2015年の全面リノベーションを経て、1・2階の店舗も3・4階の共同住宅も、共にほぼ満室。扇型の間取りを楽しむ入居者が多いとか。ビルを訪ねると、メンテナンスされたビルと、それに呼吸を合わせて使う人との活き活きとしたハーモニーが感じられて、元気が湧いてくる気がしまんな。 ※これは2022年12月の情報です。
住所:大阪市浪速区桜川3-2-1
アクセス:OsakaMetro千日前線桜川駅から徒歩1分
青山ビルは1921(大正10)年に実業家の自邸として建設、後に青山家に引き継がれたんや。戦後、GHQ*の使用を経てテナントビルになってんけど、ステンドグラスや天井装飾など今では再現の難しい建築美が残ってんねん。特に、なめらかな曲線の木製手摺りの階段に、大きなアーチ窓から光が降り注ぐ玄関ホールは、元邸宅らしい心安らぐ空間。まさにここが、ビルの中心やと感じるなぁ。現在の所有者の青山修司さんは、実業家で画家でもあった祖父の「村長のつもりでビルの運営を」という言葉を大切に、入居者との協同事業や地下の元ダンスホールでのイベント開催など、青山ビルならではの発信を続けているねん。 ※これは2022年11月の情報です。 *連合国軍最高司令官総司令部。第二次世界大戦後の日本を占領・管理した機関。
住所:大阪市中央区伏見町2-2-6
アクセス:京阪本線・大阪メトロ堺筋線「北浜駅」6番出口から徒歩11分、 大阪メトロ御堂筋線「淀屋橋駅」11番出口から徒歩6分 見学・撮影は事前の申し込みが必要です。
https://aoyama-bld-osaka.co.jp/index.html
船場ビルディングは、1925(大正14)年、当時としては非常に珍しい、オフィスと住居を併せ持つビルとして建設された。敷地の中央には、吹き抜けになったパティオ(中庭)が設けられていて、各部屋に光と風が入るようになっているんや。何もないように見えるパティオから、豊かさがもたらされているんやなぁ。建設者は、化粧品“美顔水”を生み出した桃谷順天館・創業者の桃谷政次郎(ももたにまさじろう)氏。人々の健康を願って薬品・化粧品の開発に携わってきた桃谷氏の考えが、このビルにも活かされている。 ※これは2022年10月の情報です。
住所:大阪市中央区淡路町2-5-8
アクセス:OsakaMetro御堂筋線本町駅・淀屋橋駅 徒歩8分 OsakaMetro堺筋線 北浜駅 徒歩7分 OsakaMetro堺筋線 堺筋本町駅 徒歩8分 ※見学・写真撮影などは事前の申し込みが必要です。
https://www.senba-building.com/
水間観音駅は水間寺(通称:水間観音)の最寄り駅で、水間鉄道水間線の終着駅。駅舎は、1926(大正15)年の駅開業当初からの鉄筋コンクリート造の建物で、水間寺の三重塔を模して造られた二重塔が特徴や。駅舎に入ると天窓から光が降り注いでいて、ありがたい気持ちになってくる。既に参詣が始まったかのようやわ。水間線・清児(せちご)駅から水間観音駅を経由して水間寺までの厄除け街道には、水間観音の開祖となる行基(ぎょうき)菩薩を十六童子*が道案内した、という伝説があるねん。今でも、その厄除け街道の傍らに置かれた焼き物の童子たちが、道行く人々を見守っている。 ※これは2022年12月の情報です。 *観世音菩薩を都へお連れせよ、との命を受け苦難の旅を続ける行基菩薩を、十六童子が道案内し、水間の地で観世音菩薩に引き合わせたと言われている。
住所:大阪府貝塚市水間260
アクセス:水間鉄道水間線終着駅
https://www.suitetsu.com/
オムライス発祥の店として100年の歴史をもつレストラン「北極星」。北浜店は、“大正ロマンな古くて新しい店”をテーマに1921(大正10)年建築の青山ビルに入居。建築当時から残る暖炉や飾り棚などをそのままに、あたかも大正時代の邸宅で食事をするかのような雰囲気に。「北極星」は元々オムライス以外の洋食も評判が高く、特に北浜店では、オムライスにフライをのせタルタルソースをかけたハントンライスや、ハンバーグステーキなどの充実のアラカルトメニューと豊富な種類のお酒で、建物と食事の両方を楽しみたいお客様を満足させている。 ※これは2022年11月の情報です。
住所:大阪府大阪市中央区伏見町2-2-6 青山ビル1階
アクセス:京阪本線・大阪メトロ堺筋線「北浜駅」6番出口から徒歩11分、大阪メトロ御堂筋線「淀屋橋駅」11番出口から徒歩6分
https://hokkyokusei.jp/kitahama/
ラボラトリオは、洋服のオルタレーションサービス*の店。店主の羽賀さんの緻密でセンスある仕事に惹かれ、北浜のビジネスパーソンなど洋服を愛する人々が、男女問わず訪れる。羽賀さんは船場ビルディングを一目見て気に入った。大切にされてきた洋服を調整して生まれ変わらせる仕事に、メンテナンスを受けながらほぼ建設当時の姿を保つこのビルがぴったりに思えたそうや。このビルには通り沿いの看板はないけれど、SNSなどを見てビルと羽賀さんの仕事に興味をもって来店されるお客さんも多いんやて。 ※これは2022年10月の情報です。 *サイズ直しなど、洋服を修理・調整する仕事。
住所:大阪市中央区淡路町2−5−8 船場ビルディング 302
アクセス:OsakaMetro御堂筋線本町駅・淀屋橋駅 徒歩8分 OsakaMetro堺筋線 北浜駅 徒歩7分 OsakaMetro堺筋線 堺筋本町駅 徒歩8分
https://www.laboratorio302.com/
ラファニエロの店主、東(ひがし)さんは単身、イタリアに渡りスーツの仕立てを学んだサルトリア*。年間10着オーダーするファンもいて、コロナ渦でも注文はむしろ増えている。東さんがこのビルを選んだのは、知人を訪ねて来て足を踏み入れた瞬間、「ここだけ日本じゃない、絶対ここで仕事がしたい!」と思ったから。イタリアの雰囲気を大切にした服作りをしている東さんにとって、ヨーロッパを思い起こさせるこの建物は、インスピレーションの湧くかけがえのない場所となっている。 ※これは2022年11月の情報です。 *イタリア語で仕立て技術を持つ人。英語ではテイラー。
住所:大阪府大阪市中央区淡路町2丁目5−8 船場ビルディング 309号
アクセス:OsakaMetro御堂筋線本町駅・淀屋橋駅 徒歩8分 OsakaMetro堺筋線 北浜駅 徒歩7分 OsakaMetro堺筋線 堺筋本町駅 徒歩8分
https://www.raffaniello-jp.com/
セルロイドは世界初の人工プラスチック。大正から昭和にかけて、成型のしやすさと色・柄の多様性で、櫛や人形、万年筆の軸など様々な日用品に用いられた。大阪セルロイド会館は、1931(昭和6)年、大阪輸出セルロイド櫛同業組合によって、事務所と輸出検査場を兼ね備えた“櫛会館”として建設されたんや。第1期建設の北館は、L字型建物の角が曲面となっていて、4本の柱とその間の細長い窓が特徴的。北館から受ける柔らかな印象はセルロイドの柔軟性を連想させるなぁ。第2期建設の南館は、角を隅切りした直線的なデザイン。対照的な2つの表情を楽しむことができる。※これは2022年10月の情報です。
住所:大阪市東成区大今里西2丁目5番12号
アクセス:OsakaMetro千日前線今里駅から徒歩約5分 ※見学には事前の申し込みが必要です。
http://ebisu.softeng.co.jp/cellukaikan/
晴天がうれしいのか、鳥の声もごきげんに聞こえる。 ※これは2022年10月の情報です。
住所:
アクセス:
明治時代に入るとすぐ、新しい時代を象徴するかのように大阪市の東部・大川のほとりに造幣局の建設が始まった。泉布観(せんぷかん)は、1871(明治4)年造幣局の応接所として建てられた大阪府に現存する最古の洋館。煉瓦と石でできているが、白の漆喰壁に緑色の木製窓、ピンク色のバルコニーの手すりが軽やかで華やかな印象。新しい日本とその貨幣を内外に示す場所として、天皇・皇族の宿所、そして迎賓館の役割を果たしたそうや。今は大役から解放されて、毛馬桜之宮公園(けまさくらのみやこうえん)・泉布観地区に静かに佇んでいる。前に立って眺めていると、玄関前の車寄せに要人を乗せた馬車が、入って来そうな気がするなぁ。 ※これは2022年10月の情報です。
住所:大阪市北区天満橋1-1-1
アクセス:大阪シティバス「桜の宮橋」バス停すぐ Osaka Metro南森町駅3号出口から東へ約1キロメートル
大阪・淀屋橋の中心部に建つグランサンクタス淀屋橋は、現代的な都市型タワーマンションでありながら、その足元に近代銀行建築の記憶を色濃くとどめる点に大きな特徴がある。この地にはかつて重厚な銀行建物が建ち並んでいたが、そのなかでも大阪の金融街の歴史を体現する存在であった。 このマンションの低層部は、もともと金融機関である大阪農工銀行の建物として建てられ、後年には繊維商社の本社屋として利用されていた。これを不動産会社が取得し2013年にマンションへ建て替え。相応のコスト負担を伴いながらも、曳家工法で外壁を保存して建物の付加価値を高める方針が採られた。全国的にも大変珍しい事例で、生きた建築ミュージアム・大阪セレクションに選定されている。 元の建築である大阪農工銀行の竣工は1918(大正7)年。設計は東京駅などを手がけた建築界の重鎮・辰野金吾の大阪事務所が担当している。外壁は、イスラム様式に由来するアラベスク文様のテラコッタタイルで全面が覆われている点に大きな特徴がある。柱型や開口部のプロポーションによって威厳を演出する、昭和初期の銀行建築に典型的な手法が見て取れる。とりわけエントランス周辺は格調高くまとめられ、金融機関としての信頼性と公共性を強く印象づける造りになっている。 再開発に際しては、歴史的景観への配慮から旧建物の低層部デザインが継承・保存され、現在のグランサンクタス淀屋橋には今を生きる人たちが住んでいる。単なる建て替えではなく、近代建築の記憶を都市の中に織り込む形で更新が行われた点は注目に値する。 この場所は、近代大阪の金融史、戦後の都市更新、そして現代の都心居住という三つの時代層が重なり合う希少な都市断面である。グランサンクタス淀屋橋は最新の都市型住宅である一方、その基層には昭和初期の銀行建築が刻んだレトロな都市の記憶が、今も静かに息づいている。
住所:大阪市中央区今橋3-2-2
アクセス:Osaka Metro御堂筋線 「淀屋橋」駅から徒歩約4分
大阪の中心部、堺筋に面して建つフジカワビルは、戦前の面影を今に伝えるレトロビルの一つ。大阪を拠点に数多くの名作を設計した村野・森建築事務所の作品だ。大規模な名建築というタイプではないが、街の中に自然に溶け込みながら、近代大阪の商業活動の記憶を静かに残している。 建設は昭和初期の1953年。当時の大阪が商都として活気に満ちていた時代背景のなかで誕生した。中小規模の事務所ビルとして計画されたもので、金融機関や大企業の本社建築に比べると規模は控えめだが、その分、実務本位の堅実な設計思想がよく表れている。 オフィスビルらしい外観だが、モダンなガラスブロックを中心としたファサードがオシャレ。内部は戦前の事務所ビルらしい実用的な構成に。階段まわりや建具、共用部のディテールには当時の意匠が部分的に残り、レトロ感と未来感が混じり合う。こうした“使われ続けてきた建物”ならではの味わいが、フジカワビルの大きな魅力である。 歴史的景観への貢献や保存状態の良さから、国登録有形文化財に登録。近代建築ファンの間でも注目される存在となっている。いわゆる豪華建築ではないが、都市の日常業務を支えてきた実務建築としての価値は高く、レトロビル保存の文脈でも評価されるタイプの建物である。 フジカワビルは、近代大阪の“働く街”の空気を今に伝える生活感のあるレトロ建築。華やかな名建築とは異なるが、だからこそ身近に近代都市の歴史を感じられる、味わい深い一棟なのである。
住所:大阪市中央区瓦町1-7-3
アクセス:OsakaMetro中央線「堺筋本町」駅・堺筋線「堺筋本町」駅から徒歩約3分
大阪・北浜に建つルポンドシエルビル(旧・大林組本店)は、昭和初期のオフィス建築の完成度を今に伝える名建築である。現在はフランス料理店「ルポンドシエル」として親しまれているが、もとは日本を代表するゼネコン・大林組の本社ビルとして建てられた。 竣工は1926年(大正15年)。大阪が商業都市として成熟期を迎えていた時代に、自社の技術力と企業格を示す本社建築として計画された。当時の最新技術と意匠感覚がバランスよくまとめられたこの建物は、戦災や都市の更新を乗り越え、外観・内部ともに良好な状態で残っている。この点は非常に価値が高く、大阪都市景観建築賞の特別賞を受賞、さらに「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」に選定されている。 外観は、端正で重厚なスクラッチタイルのファサードが印象的だ。過度な装飾に頼らず、柱型のリズムや開口部の整った構成で、昭和初期らしい“静かな威厳”を感じさせるデザインに。北浜の金融建築群の中にあっても、決して見劣りしない。 ルポンドシエルビルは、実に完成度の高い近代建築。大企業の本社としての威厳と、現在のレストランとしての華やかさが無理なく同居している点も興味深い。北浜を歩くならぜひ味わいたい、大阪近代建築の重要な一棟なのである。
住所:大阪市中央区北浜東6-9
アクセス:OsakaMetro堺筋線「北浜」駅・京阪電鉄「北浜」駅から徒歩約10分
大阪・御堂筋沿いに建つ御堂ビルディング(竹中工務店大阪本店)は、戦後大阪のオフィス建築を代表する一棟。1965年(昭和40年)に竣工した鉄骨鉄筋コンクリート造の建物で、地上9階・地下4階・塔屋4階という構成を持つ。完成以来、御堂筋の都市景観を形づくる重要な存在として長く親しまれてきた。 このビルの大きな特徴は、半世紀以上を経た現在でも外観の印象がほとんど変わっていない点にある。竣工後は耐震補強やBCP対応、環境性能の向上、さらには働き方の変化に合わせた執務空間の全面リニューアルなどが段階的に行われてきたが、建築の骨格とデザインの魅力は丁寧に守られている。現役の本社ビルとして使われ続けながら価値を保っている点は高く評価され国の登録有形文化財に登録されている。 設計を手がけたのは、竹中工務店大阪本店設計部長を務めた岩本博行。大阪出身の建築家で、翌年には校倉造をモチーフとした国立劇場を完成させるなど、日本的感性とモダニズムを融合させた設計で知られ、本ビルでもその手腕が随所に発揮されている。 計画面でまず目を引くのは、建物を敷地境界から四周すべてセットバックさせている点である。これにより十分な空地が確保され、御堂筋という幅広い大通りに面しても圧迫感のない、均整の取れた環境がつくられている。また、1階床を道路面より約1メートル下げてエントランスホールを設けることで、限られた高さ条件の中でも効率よく9層分のオフィス空間を確保している。 外装には茶褐色のタイルが用いられ、遠目には都市的で端正な表情を見せつつ、近づくと手触り感のある細やかな質感が感じられる。モダンでありながらどこか日本的な落ち着きを備えている点が、このビルの大きな魅力である。 御堂ビルディングは、いわゆる派手なランドマークではない。しかし、御堂筋のスケールに真正面から向き合い、長く使い続けられるオフィス建築のあり方に説得力ある答えを示した建物である。戦後モダニズムの成熟を物語る存在として、現在も大阪の都市景観の中で静かな存在感を放ち続けている。
住所:大阪市中央区本町4-1-13
アクセス:OsakaMetro「本町」駅から徒歩約1分
https://www.takenaka.co.jp/corp/japan/
大阪・堂島に建つ中央電気倶楽部は、近代大阪の電力産業の発展を背景に誕生した、重厚な風格を備える社交施設である。地上5階・地下1階、鉄筋コンクリート造で現在も現役で使われ続けている点に大きな価値があり、都市の記憶を静かに伝えるレトロ建築として高く評価されている。 中央電気倶楽部は、大正期に電気事業関係者の交流拠点として計画され、現在の建物は1930年(昭和5年)に竣工。電力という新しいインフラ産業が社会の中心的役割を担い始めた時代背景のなかで、この建物は業界の象徴的な集会施設として整備された。 外観は、イタリア風の茶褐色スクラッチタイルで全面を覆い、随所にテラコッタ装飾を配した意匠に。装飾を抑えた端正な近代建築様式を基調としつつ、要所にクラシカルな意匠を配置。水平ラインを意識した安定感のある立面構成に、石張り風の外壁や整然と並ぶ開口部が重厚な表情を与えている。過度に華美ではないが、公共性の高いクラブ建築としての威厳と品位が感じられる。 内部は階ごとに仕上げが大きく異なり、1階は大理石、2階はタイル、3階は木質仕上げと、各階で明確にデザインを変えている点が特徴である。館内には撞球室や迎賓室、大食堂に加え、音響効果に優れた5階の大ホールなどが備えられ、全体に落ち着いた歴史の重厚感が漂う。ホールや階段室、会議室には竣工当時の意匠がよく残り、照明器具や建具、天井装飾などに昭和初期の上質なデザイン感覚を見ることができる。社交クラブとしての用途を反映し、機能性と格式を両立させた空間構成となっているのが印象的だ。2008年5月には厨房がオール電化化され、翌年2月には経済産業省より近代化産業遺産の認定を受けている。 中央電気倶楽部の建物は、電力産業の発展期に生まれた都市文化の象徴であり、同時に昭和初期モダニズム建築の良質な遺構でもある。堂島のビジネス街にあって、今なお落ち着いたレトロ感を漂わせるその姿は、近代大阪の気品ある一断面を現在に伝えている。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市北区堂島浜2-1-25
アクセス:京阪電鉄中之島線「渡辺橋」駅から徒歩約5分
https://www.chuodenki-club.or.jp/
北浜の土佐堀川沿いに建つ福原ビルは、昭和初期のモダンな空気を今に伝えるレトロビル。規模は大きくないが、街角でひときわ印象に残る外観を持ち、近代大阪の商業建築の魅力を気軽に感じられる一棟だ。 竣工は1930〜32年ごろの昭和初期とされる。国光生命保険相互会社の大阪支店ビルとして建てられ、今は福原産業貿易本社ビルに。評価されているのは、戦後の建て替えの波をくぐり抜け、外観・内部とも比較的良好な状態で残されている点だ。こうした保存状態の良さや都市景観への貢献から、近代建築の価値を示す建物としてレトロ建築紹介でも取り上げられることが多い。 最大の見どころは、街角に面した部分に設けられたアールで、土佐堀川の灯台のように見える。直線的になりがちなオフィスビルのなかで、この丸みを帯びたコーナーは非常に印象的で、建物全体にやわらかく洗練された表情を与えている。昭和初期に流行したモダニズムの影響が感じられるポイントであり、実用建築でありながらデザインへの意識の高さがうかがえる。 外壁は落ち着いた色調のタイル貼りで統一。派手な装飾は少ないが、窓まわりの納まりや壁面のリズムに当時の設計の丁寧さが表れており、近づいて見るほど味わいが深いタイプのレトロビルである。内部も、戦前の事務所ビルらしい実務本位のつくりが基本だが、階段や共用部には創建期のディテールが部分的に残る。長年使い続けられてきた建物特有の落ち着きがあり、単なる古さではない“使われてきた建築の深み”を感じさせる。 福原ビルは、街角建築としての完成度の高さが光る一棟。特に角のアールが生み出すやわらかな都市景観は、昭和初期モダン建築の魅力を端的に物語っている。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区北浜東6-14
アクセス:Osaka Metro堺筋線「北浜」駅から徒歩約6分
大阪市内に建つ小川香料大阪支店社屋は、日本の香料産業の歩みと近代建築の魅力をあわせ持つ、貴重な建物。小川香料は明治時代に創業した老舗香料メーカーであり、大阪支店社屋もまた、同社の事業拡大と都市大阪の発展を背景に整えられてきた拠点である。この建物は昭和5年に建設されたとされ、戦前の商業建築らしい堅実で品格ある意匠を今に伝えている。外観は左右のバランスを重視した構成で、装飾を抑えながらも壁面の陰影や横のラインを強調することで、落ち着いた重厚感を生み出し、アールデコ様式で全体をまとめたレトロモダンな佇まいである。香料という目に見えない価値を扱う企業の社屋として、華美ではないが信頼性を感じさせる佇まいである。歴史的価値の高さから、この社屋は国の登録有形文化財として登録されている。登録にあたっては、戦前期の事務所建築の姿を良好にとどめている点や、外観・内部空間に当時の意匠や構造が色濃く残されている点が評価された。現役の企業施設として使われながら文化財登録を受けていることも、この建物の大きな特徴である。小川香料大阪支店社屋は、日本の近代産業史と企業文化を体現する存在である。都市の更新が進む大阪において、創業以来の理念と歴史を建築として受け継ぐこの社屋は、過去と現在を結ぶ静かなランドマークと言えるだろう。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区平野町2-5-5
アクセス:OsakaMetro堺筋線「北浜」駅から徒歩約7分
https://www.ogawa.net/network/osaka/
大阪・ミナミ株式会社の社屋として知られるこの建物は、もともと旧川崎貯蓄銀行福島出張所として建てられた、近代大阪の金融史を今に伝える貴重な鉄筋コンクリート造レトロ建築である。重厚で落ち着いた佇まいは、銀行建築ならではの威厳と信頼性を色濃く残している。建設されたのは大正から昭和初期にかけての時代(1934年竣工)とされ、都市銀行や貯蓄銀行が地域経済の要として機能していた頃の空気をまとっている。外観は左右対称を基調とした構成で、簡潔ながらも格調高いデザインが特徴である。装飾は過度ではなく、壁面の陰影や開口部のバランスによって品格を表現しており、実務的でありながら美意識を感じさせる。正面には、フルーティングを施したイオニア式のジャイアント・オーダー柱を4本並べ、両端は角型のピラスターで引き締めている。また、敷地の形状に合わせてファサード全体を緩やかに前へ張り出した曲面とし、独特の表情を生み出している点も特徴である。建物内部の旧店舗部分の天井には繊細な装飾が施され、格式と気品を兼ね備えた空間を形成している。1963年(昭和38年)には服地メーカーミナミ株式会社の社屋として転用。1階はショールームとして利用されるとともに、複数設けられていた金庫も、大型の扉を残したまま現在に至るまで活用されている。旧川崎貯蓄銀行は、庶民の貯蓄を支える金融機関として各地に拠点を設けていたが、福島出張所もまた地域密着型の銀行施設として重要な役割を果たしてきた。現在は、国登録有形文化財であり、生きた建築ミュージアム大阪セレクションにも登録。この建物には、戦前・戦後を通じて人々の生活と経済を支えてきた記憶が刻まれている。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市福島区福島5-17-7
アクセス:JR環状線・阪神「福島」駅、JR東西線「新福島」駅から徒歩約5分
https://373k.jp/
大阪・淀屋橋。オフィスビルが整然と並ぶ今橋通において、一際小ぶりながらも強烈な存在感を放つ近代建築がある。それが今橋ビルヂングである。そのルーツは、1925年(大正14年)に竣工した大阪市中央消防署今橋出張所にさかのぼる。大阪が「大大阪(だいおおさか)」と呼ばれ、ロンドンやパリに比肩する世界的な大都市へと急成長を遂げていた時代。このビルはその時代の息吹を伝える証人である。1996年(平成8年)にその役割を終えるまで、約70年間にわたりこの地域の安全を支えてきた。2005年に大阪市の財政改善策の一環として民間に払い下げられたが、貴重な建築を惜しむ声に応える形で、リノベーションを経て再生された。現在はイタリアンレストラン「ダル ポンピエーレ(イタリア語で『消防士』の意)」が入居し、建物の歴史的な雰囲気を活かした営業を行っている。2階と3階を貫くように配置された大きなアーチ窓は、中世英国のチューダー様式を彷彿とさせ、小規模なビルでありながら威風堂々とした趣を与えている。外壁のバルコニー下には、かつて消防署であった証として、当時の赤い警光灯が今もなお残されており、夜には静かに灯りがともる。歴史的価値と、活用を通じた保存の取り組みは、公的にも高く評価され、2007年に国登録有形文化財に指定。2014年には、大阪市「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」にも選定された。かつて消防車が飛び出していったその場所で、今はワインの香りと談笑が漂う。今橋ビルヂングは、大阪という街が持つ「古いものを大切にしながら、新しい価値を見出す」という精神を、そのレンガ色の壁に深く刻み込んでいる。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区今橋4-5-19
アクセス:OsakaMetro御堂筋線「淀屋橋」駅から徒歩約3分
土佐堀川沿いに建つ山内ビル(旧山内香法律特許事務所)は、大正から昭和へと移り変わる時代の息吹を今に伝える、極めて優美なオフィスビルである。1930年(昭和5年)に竣工し、もともとは、弁護士事務所兼住宅として建てられた。船場や堂島といったビジネスエリアに近いこの地に、実務的な機能性と、施主の品格を表す芸術性を兼ね備えた建物として構想されたこのビルは、戦後、周辺の多くの近代建築が建て替えられる中で、当初の姿を大きく変えることなく、現在もテナントビルとして現役で稼働し続けている。このビルの最大の魅力は、細部にまで趣向が凝らされた装飾にある。1920年代から30年代にかけて日本で流行した、スペイン様式を取り入れたデザインが特徴的で、特に最上階の窓に見られるアーチ構造や、屋上のパラペット(手すり壁)の形状がその雰囲気を強調している。1〜3階の窓の縦枠を通して引かれた縦のライン、外壁を彩るタイルと、窓周りや入り口にあしらわれたテラコッタ(装飾陶器)も実に見事である。植物や幾何学模様をモチーフにした精緻な彫刻が施されており、見る角度や光の当たり方によって豊かな表情を見せる。玄関周りには特に大胆な装飾が配置され、法律事務所としての重厚さと信頼感を感じさせる意匠となっている。山内ビルは、その歴史的価値と保存状態の良さから、公的な評価も非常に高い。国の有形文化財(2000年登録)として登録されており、大阪の都市景観を形作る重要な遺産として保護されている。さらに大阪市が推進する「生きた建築」プロジェクトにおいても、街の魅力を高める建築物として選定されている。現在、内部にはデザイン事務所やアトリエなどのクリエイティブなテナントが入居しており、かつての「法律」という堅実な場が、現代では「文化・創造」の場として再利用されている点も興味深い。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市西区土佐堀1-1-5
アクセス:OsakaMetro四つ橋線「肥後橋」駅から徒歩約1分
大阪・淡路町、ビジネス街の喧騒が交差する一角に、時代から取り残されたかのような静謐な空気を纏う建物がある。それが、株式会社清水猛商店の本社ビルである。清水猛商店ビルの竣工は、1924年(大正13年)にまで遡る。大正から昭和初期にかけて、大阪は「東洋のマンチェスター」と称されるほどの隆盛を誇った。その中心地であった船場において、このビルは商都大阪の栄華を象徴する存在として誕生した。1945年の大阪大空襲という未曾有の惨禍をも耐え抜き、戦後の高度経済成長期、そしてバブル崩壊という激動の時代を潜り抜け、今なお現役の商業ビルとして使われ続けている。 木造3階建で典型的な町家の建物であるこのビルの魅力は、派手な装飾を排した「シンプルでありながら力強い」デザインにある。外壁を覆うのは、1階ファサードの両角にレンガ積み、洋瓦風の小庇、そしてワイヤーで釣られた大庇によって重厚な風格を漂わせている。縦に長く伸びた窓と、それを強調する壁面のラインが、建物に均整のとれた美しさを与えている。アール型に仕上げられた上部にはさりげなく幾何学的な装飾が施されており、当時のモダニズムへの傾倒がうかがえる。建物東側はパーキングになっているため、側面が見える状態になっている。ただしこちらの外壁は全面的に張り替えられている。 長年にわたり街の景観を守り続けてきた功績は、専門家からも高く評価され、大阪市が「生きた建築(現在も使われ続け、大阪の魅力を高めている建築)」として認定する「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」に選出されている。清水猛商店のビルは、戦災を免れ、経済の荒波を越えてきた大阪商人の不屈の精神と、美意識を現代に伝える「生きた証人」なのである。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区淡路町3丁目5-6
アクセス:OsakaMetro御堂筋線「本町」駅から徒歩約5分
大阪・肥後橋のオフィス街に、周囲の高層ビルとは一線を画す、温かみのある佇まいの名建築がある。それが江戸堀コダマビルである。ここは、昭和初期の豪商の暮らしを今に伝える、極めて貴重な「生きた建築」だ。江戸堀コダマビルの歴史は、建築主である児玉竹次郎の立身出世の物語と重なる。明治初期の1878年に岐阜で生まれた竹次郎は、12歳で大阪へ丁稚奉公に出た。1902年に独立して「児玉竹平商店」を創業。ワイシャツやカフスの製造販売、さらに綿布商として大成功を収めた。事業の成功を受け、1935年(昭和10年)に自身の本宅としてこのビルを建てた。当時、付近には江戸堀川が流れており、水辺の風景に映える優美な住宅であった。大阪大空襲により周囲の店舗は焼失したが、鉄筋コンクリート造であったこの邸宅は奇跡的に焼け残った。外観は、赤い瓦屋根や半円形のバルコニーが目を引くスパニッシュ様式を基調としている。しかし細部を見ると、日本の伝統的な「青海波」の模様や、寺社の建築に見られる「肘木」のような装飾が施されており、東洋と西洋が見事に融合している。内部は、大阪の町家特有の「鰻の寝床」状の奥行きを持ちながらも、竣工当時から全館暖房や水洗トイレを備えるという、当時の最先端を行く文化住宅であった。その保存状態の良さと歴史的重要性から、2007年に国登録有形文化財に登録。さらに2014年には、大阪市「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」に選定。かつての商家の暮らしの記憶を留めながら、現代の都市文化と共生し続ける江戸堀コダマビルは、大阪という街の奥行きを象徴する存在である。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市西区江戸堀1-10-26
アクセス:OsakaMetro四つ橋線「肥後橋」駅から徒歩約1分/京阪中之島線「渡辺橋」駅から徒歩約5分
https://www.edobori-kodamabuilding.com/
浪花組本社ビルは、大阪・東心斎橋の街角に建つ、左官業を本業とする浪花組の本社ビルとして1964年に竣工した建築物。設計は20世紀日本を代表する建築家・村野藤吾。鉄骨鉄筋コンクリート造、地下1階・地上5階建てのオフィスビルであるが、その外観は周辺の雑多な繁華街の中で一際強い個性を放ち、ミナミの街並みにおけるランドマーク的存在となっている。外観で特に目を引くのは、表情豊かで立体的なファサードだ。建物正面は八角形や箱形の張り出し(バルコニー・ベイ)を反復させたリズミカルな構成になっており、それぞれの面には瓦やタイルに似たパターンが貼られているように見える。これにより平面的なオフィスビルにはない彫りの深い陰影と豊かなテクスチャ(質感)が生まれ、近接して見ると“モルタルや左官仕上げの手仕事”が随所に確認できる。村野藤吾デザインの建築にしばしば見られる「意匠の反復」と「職人の技」を強調したデザインが、この建物では端的に表れている。大阪市の「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」に選定され、市民や建築愛好家にとって身近な“生きた建築”として受け止められている。
住所:大阪府大阪市中央区東心斎橋2-3-27
アクセス:地下鉄堺筋線長堀橋駅から約600m
https://naniwagumi.co.jp/
大阪市天王寺区茶臼山にある大阪市立美術館の起源は住友家の寄付にさかのぼる。大正時代、住友家は大阪市に住友家本邸跡地(天王寺茶臼山の地)と、その敷地内の慶沢園(日本庭園)を寄贈した。第一次世界大戦や昭和初期の不況の影響で計画が遅れたが、1936年(昭和11年)に「大阪市立美術館」が開館。構造は鉄筋コンクリート造、地上3階・地下1階。大阪における本格的な公立美術館として誕生し、東京の「東京府美術館(現・東京都美術館)」に続く、日本の代表的な公立美術館の一つとなった。所蔵品は、住友家をはじめとする個人・団体からの寄贈や寄託で充実している。特に中国絵画・日本古美術のコレクションは国内有数である。昭和初期のモダン建築でありながら、日本的意匠を部分的に取り入れているのが特徴だ。たとえば、屋根まわりや外壁に和風の要素を組み込んでいる。外観は直線的で重厚なモダンデザイン。石造り風の壁面が美術館らしい落ち着きを与えている。内部空間は天井の高い展示室を備え、自然光を取り入れる工夫がなされている。戦時中は空襲の被害を受けながらも建物は残り、戦後は再び市民に開かれた。戦後から現在に至るまで、国内外の名品を集めた特別展を多数開催し、大阪の文化発信拠点として役割を担っている。平成27年には国の登録有形文化財に登録された。近年の改修では、開館当時の天井と天井に隠れていた梁が発見された。この迫力ある梁を活かす形で、ホール天井が整備されている。展示品に負けないほどの建物自体の値打ちがある大阪市立美術館をぜひ訪れてほしい。(かの)
住所:大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-82 (天王寺公園内)
アクセス:Osaka Metro天王寺駅 約400m
https://www.osaka-art-museum.jp/
日本基督(キリスト)教団島之内教会は明治時代の1882年に設立された。 礼拝堂の構造は1929年築、鉄筋コンクリートブロック造、地上三階建ての陸屋根である。2009年には国の登録有形文化財に指定され、近代建築史における価値が広く認められている。
住所:大阪市中央区東心斎橋1-6-7
アクセス:地下鉄 御堂筋線「心斎橋」駅心斎橋筋出口(大丸側)徒歩約7分、地下鉄堺筋線「長堀橋」駅7番出口 徒歩約3分
https://www.shimanouchi-church.org/
芝川ビルは昭和2年建築、まもなく100年を迎える独創的なレトロビルで、国の登録有形文化財だ。 芝川家6代目当主・又四郎により建てられた芝川ビルは、鉄筋コンクリート造地上4階地下1階という構造で、。古代中南米文明のモチーフを思わせるストーン装飾が随所に施され、大阪を代表するモダン建築のひとつとされている。当初は自家事業用事務所として使われていたが、余裕のあるスペースを活用し花嫁学校「芝蘭社家政学園」を開校した。戦災を免れた後は事務所中心のテナントビルとして使用されていたが、2005年から建物の魅力を活かした活用に舵を切り、現在、地下〜3階にはセレクトショップや飲食店などが入り、4階は屋上テラス付きレンタルスペース「芝川ビル モダンテラス」として様々な用途に利用されている。重厚な外観と装飾はオフィス街でもひときわ目を引き、建築ファンや観光客から高い評価を得ており、大阪市の「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」にも選出されている。芝川ビルは、単に古い建物というわけではない。時を重ねながら、大阪の歴史と文化を体現しつつ、新たな価値を見出し続ける存在である。建築や歴史、街歩きに興味があるなら、その趣ある佇まいと息づかいを感じてみてほしい。(かの)
住所:大阪市中央区伏見町3-3-3
アクセス:地下鉄御堂筋線「淀屋橋」駅11番出口より徒歩すぐ
https://shibakawa-bld.net/
大阪市役所は、昭和60年に建て替えられた庁舎でありながら、大正10年(1921年)に竣工した旧大阪市役所本庁舎の歴史と風格が息づいている。旧庁舎は、当時を代表する建築家によって設計された、ルネサンス様式を取り入れた重厚な建物だった。庁舎のエントランスに広がる優雅なロビーは、旧庁舎を基に設計・施工されており、100年前にタイムスリップした気分を味わえる空間だ。現在の庁舎ロビーには、旧庁舎の建設時に使用されていた貴重な遺産が大切に保存され展示されている。ステンドグラスと壁の花崗岩、さらに正面銘板は、旧市庁舎で使われていたものである。これらの芸術作品は、当時の職人の高い技術と美的感覚を今に伝えるだけでなく、大阪の近代化の歩みや、市民の文化的な暮らしを物語る貴重な資料となっている。 展示品は、単なる装飾品ではなく、大阪市役所の歴史と伝統、そして市民に開かれた公共施設としての役割を象徴するものである。庁舎を訪れれば、これらの芸術作品を通じて、大阪の過去と現在、そして未来へと続く時間の流れを感じ取ることができるだろう。大阪市役所は、行政機能だけでなく、歴史と文化を伝える空間としても、市民に愛され続けている。(かの)
住所:大阪市北区中之島1丁目3番20号
アクセス:Osaka Metro御堂筋線・京阪電車京阪本線「淀屋橋」駅下車すぐ(1番出口)
https://www.city.osaka.lg.jp/
大阪市中央区今橋2丁目に位置する新井ビルは、大正11年(1922年)に銀行建築として建設された、国の登録有形文化財である。この歴史ある建築物は、現在もテナントビルとして活用され、その美しい姿で多くの人々を魅了し続けている。設計は、近代建築史にその名を刻む名建築家、河合浩蔵が手がけた。彼の卓越した手腕により、新井ビルは銀行建築としての威厳と機能性を兼ね備えつつ、モダンで軽やかな佇まいを実現している。建物の正面中央には、古典様式を象徴する列柱が配され、左右対称のシンメトリーな構成が、見る者に安定感と美しさを与える。これは、当時の銀行建築に求められた堅牢さと信頼性を視覚的に表現したものである。しかし、ただ古典に倣うだけでなく、その随所にモダンな意匠が凝らされており、大大阪時代と呼ばれる好景気に沸いた当時の活気と先進性を今に伝えている。新井ビルは、単なる歴史的建造物ではない。それは、大正時代の日本の経済発展と文化、そして建築技術の粋を集めた、生きた証と言える。時を超えても色褪せることのないその魅力は、訪れる人々に感動を与え、都市の景観に深みを与えている。関係者以外は、3・4階のオフィスゾーン(ビル正面右側入口)への立ち入りができないが、ビル内部の雰囲気は、1・2階の洋菓子店「五感本館」から感じられる。(かの)
住所:大阪市中央区今橋2丁目1-1
アクセス:京阪電車 京阪本線「北浜駅」すぐ 、大阪市営地下鉄「北浜駅」すぐ
https://arai-bldg.com/
大阪ガスビルは、国登録有形文化財にも指定されている、昭和初期の傑出した近代建築だ。1933年(昭和8年)に竣工したこのビルは、当時の最先端技術であった鉄骨鉄筋コンクリート構造および鉄筋コンクリート構造で建てられた。当時、大阪で最もモダンで美しい建物として称賛されたという。 建築様式はアール・デコ様式を取り入れており、そのデザインは当時の最高水準を誇っていた。外装と内装には、国内外から厳選された最高品質の材料がふんだんに用いられている。 1階と2階の外壁には福島県勿来産の黒御影石(花崗岩)と茨城県稲田産の白御影石が貼られ、その上部には白色のタイルが貼られている。窓枠には、当時としてはまだ珍しかったドイツから輸入されたステンレススチールが使用されており、細部にわたるこだわりが見て取れる。 また、エレベーターホールの一部(4階から地下1階)では、壁にイタリア産のトラバーチン(大理石)が、床には沖縄県産のトラバーチンが敷き詰められており、贅を尽くした内装が施されている。 大阪ガスビルは、御堂筋と平野町通交差点にあり、大阪ガス本社社屋として使用され続ける一方、竣工当時の1933年(昭和8年)の面影を現在も色濃く残しており、昭和モダンを代表する歴史的建造物として、その価値を保ち続けている。(かの)
住所:大阪市中央区平野町4-1-2
アクセス:地下鉄御堂筋線「淀屋橋駅」すぐ
https://www.osakagas.co.jp/gasbuil/leaflet/leaf_09.html
綿業会館(めんぎょうかいかん)は、大阪・船場の三休橋筋沿いに建つ昭和初期の代表的な歴史的建築物で、重要文化財にも指定されている。設計は様式建築で知られる渡辺節、図面責任者は後に名建築家となる村野藤吾が担当した。外観はルネサンス調のクラシカルで端正なスタイル。パラッツォ風の重厚さを持ちながら、過度な装飾は抑えられている。内装は部屋ごとに異なる西洋スタイルを採用している。1932年には国際連盟のリットン調査団(代表団長:リットン卿)が来館。さらにヘレン・ケラー、ルーズベルト大統領夫人、吉田茂ら著名人も利用したという。綿業会館は、1930年代の大大阪時代を象徴する建築で、寄付により建てられた社交クラブの会館でありながら、国際舞台を担った外交施設でもある。経験知に基づいて設計された内外装や設備は、当時の最先端であり、現代でもその美とともに建築史的な価値が高く評価されている。ぜひ機会があれば、その細部の芸術性と歴史を体感してみてほしい。原則毎月1回、事前予約制で2部制の有料見学会が実施されている。詳しくは公式ホームページにて確認できる。(かの)
住所:大阪市中央区備後町2丁目5番8号
アクセス:大阪メトロ御堂筋線「本町」駅 1番または3番出口 徒歩5分
https://mengyo-club.jp/
南海ビルディングは、1930年代の昭和初期に竣工された歴史ある建築物であり、現在は国の登録有形文化財としてその価値を認められている。大阪のメインストリートである御堂筋の南端に位置し、南海難波駅のターミナルビルとして、その存在感を示している。鉄骨鉄筋コンクリート造で建設された複合施設であり、地上八階、地下二階建てという規模を誇る。南海難波駅、高島屋大阪店、なんばCITYなど、複数の主要施設からなる日本有数の巨大複合施設。駅からの通路や大規模商業施設が一体となり、高い公共性を持つ街の中心的な役割を担っている。建築の特徴としては、角を曲線で処理したデザインや、頂部に飾り壺が置かれた16本のコリント式の壁付円柱とアーチの連続による壁面構成が挙げられ、華やかで格調高いルネサンス様式が特徴である。エントランス上部や屋上の装飾塔など、随所に装飾が施されており、華やかで格調高い外観を実現している。この建築様式は当時の最先端技術とデザインセンスを反映しており、今日においても多くの人々を魅了し続けている。南海ビルの存在は、単なる駅ビルとしての役割を超え、大阪の歴史と文化を象徴するランドマークとしての価値を持っている。(kano)
住所:大阪市中央区難波5-12
アクセス:南海難波駅すぐ
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/224919
大川のほとり、桜並木に包まれるように静かに佇む一棟の洋館――それが旧桜宮公会堂である。竣工は昭和8年(1933年)。威風堂々たる竜山石造りの正面玄関は、明治4年(1871年)に建てられた旧造幣寮(現・造幣局)の正面玄関を移築したものであり、現存する近代建築として日本最古級の歴史をもつ。玄関部分は、建築当時の意匠をほぼそのまま残しており、重厚な装飾や石材の質感には往時の技術と美意識が息づく。この貴重な構造は、建築的・歴史的価値が評価され、国の重要文化財に指定されている。
住所:大阪府大阪市北区天満橋1-1-1
アクセス:JR環状線「桜ノ宮駅」より徒歩9分 JR東西線「大阪天満宮駅」より徒歩9分 地下鉄堺筋線・谷町線「南森町駅」徒歩10分 ※ランチ営業:11:30-15:30(L.O.14:30) ご予約はホームページよりご確認ください
https://restaurant.novarese.jp/smk/
ねじりまんぽは、主に明治時代に作られたレンガ造りのアーチ橋で、内部でレンガがねじれているのが特徴なんや。なんでこうなってるかというと、線路の下を直角ではなくて斜めにレンガのトンネルを通す必要がある場合に、強度を最大化するには線路に対してレンガは直角に組む必要があるねん。そして直角を維持しつつ斜めにトンネルを通すには、レンガをねじったように組む必要があったそうや。この形のトンネルは大阪府で3箇所、全国でも約30箇所しか残ってないねん。大正時代になるとコンクリートのトンネルが主流となって、レンガ造りのアーチ橋は姿を消していったんやけど、現在は、貴重な土木遺産として注目されてるんや。実際に歩いてみると、薄暗いトンネルの向こうに出口がぼんやりと光ってて、赤レンガの視覚的なねじれ効果と相まって、時空を超えるような不思議な感覚になるかもしれへんで。「まんぽ」という言葉の由来は、実はよくわかってへんねん。谷崎潤一郎の『細雪』では、女中のお春に鉄道の高架下の小さなトンネルをマンボウと言わせていて、オランダ語のマンブウから来たと説明しているんやけど、調べてみてもそんな言葉は見当たらないんや。鉱山で鉱石を発掘するために掘る坑道を間歩(マブ)といそうなんやけど、そこから来たという説が有力らしい。あてもなくぶらぶら歩き回ることを漫歩というけれど、マンポを漫歩してみるのも、旅の楽しみやね。(G.I)※これは2023年11月現在の情報です。
住所:高槻市梶原1-10-24
アクセス:阪急京都線上牧駅から徒歩25分
マンションやビルに囲まれ、築90年の木造4軒長屋が建っている。大大阪時代*建築の凝った造りで、1軒ごとに門と前庭があり、2階には透かし彫りの手摺りが。19年前、建て替えか存続かで迷ったオーナーの寺西さんだったが、この建物の存続を願う建築家やファンの人からの言葉が、建物からの声のように感じられたそう。「木造は部分的改修で100年、200年と使い続けることができる。それは地球環境にもよいこと」と寺西さんは胸を張る。きっと建物も嬉しいやろうなぁ。 ※これは2022年11月の情報です。 *大正後期から昭和初期にかけて大阪市が大大阪(だいおおさか)と呼ばれていた時代。当時、面積・人口・工業生産額などにおいて日本一であった。
住所:大阪市阿倍野区阪南町 1-50-25
アクセス:OsakaMetro御堂筋線昭和町駅から徒歩約1分
http://teranishikenagaya.com/
杏雨(きょうう)とは、「杏林(きょうりん/良医、名医。広く解釈すると医学界)を潤す雨」の意。五代・武田長兵衞(たけだちょうべえ)が関東大震災を機に私財を投じて和漢の善本を収集し、一大文庫を形成したのが始まりや。今は武田科学振興財団が維持管理し、医学・薬学にまつわる収蔵品の一部が常設展示されている。製薬道具や絵草紙など見応えたっぷりで、国宝や重要文化財の複製もあるよ。ちなみに、初代は江戸時代に薬種の仲買商として創業。書屋が入る武田道修町ビルは、武田長兵衞商店本店として昭和初期に建てられた大阪のモダン建築やで。※これは2022年10月現在の情報です
住所:大阪市中央区道修町2-3-6
アクセス:大阪メトロ堺筋線「北浜駅」6番出口から徒歩約5分、御堂筋線「淀屋橋駅」11番出口から徒歩約6分
https://www.takeda-sci.or.jp/kyou/
摂津、河内、和泉の国の境に位置する丘やからと名付けられたという、堺の中心「三国ヶ丘」。その住宅地を歩いていると突然、緑の丘が広がり、赤いレンガでできたパリの凱旋門風のデザインがひと際、目を惹く。これが明治43年に建造された旧天王貯水池や。堺の町に飲み水を供給する上水道の貯水槽として、約50年間活躍したそう。現在は、地元の保存運動が実を結んで国の登録有形文化財に指定されてるんやて。中は非公開やけど、外からでも旧貯水池の美しい佇まいを十分に堪能できるで。※これは2022年7月現在の情報です。
住所:堺市堺区中三国ヶ丘町3-78
アクセス:南海高野線堺東駅から徒歩約8分
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/115377
ツタに覆われたタイル張りの外観が、遠目からでも目を引く「商船三井築港ビル」 。天満屋ビルと隣りあって建っていて、築港エリアの歴史を感じさせる建物や。建てられたのは1933(昭和8)年。大阪の町がおおいに栄えた、いわゆる「大大阪時代」やな。大阪の海運を担っていた大阪商船(現在の商船三井)が、船乗りの待合所として使っていたんやとか。3階建てのビルが待合所になるってことは、それだけたくさんの船乗りがおったということ。今は観光客が多いけど、船乗りが行き交う当時の町は、また別のにぎわいがあったんやろうな。 ※これは2022年6月現在の情報です
住所:大阪府大阪市港区海岸通1-5-25
アクセス:OsakaMetro・中央線大阪港駅から徒歩3分
「天満屋ビル」は、タイル張りの外壁と角のカーブが特徴の、いかにも大阪レトロな建物や。建てられたんは1935(昭和10)年で、海運貨物の取次をする天満屋回漕店っていう会社の社屋兼住居やった。荷物を送る商人と、それを運ぶ船乗りたちが、ここで集まって話をしてたんやろうか。パッと見は2階建てやけど、入口の階段の下をのぞき込んでみると、もうひとつ下の階があるねん。実はこれ、もとは3階建てやったのに、戦後に地盤がかさ上げされて1階部分が埋まってしもうたんやって。建物の歴史だけやなくて、その土地の歴史まで残してるんやなあ。 ※これは2022年6月現在の情報です
住所:大阪府大阪市港区海岸通1-5-28
アクセス:OsakaMetro・中央線大阪港駅から徒歩3分
1923年に建てられ、大阪の近代化遺産としても価値の高い築港の赤レンガ倉庫を利用したクラシックカーの博物館。それが「ジーライオンミュージアム」や。まるでロンドンやニューヨークの街角に迷い込んだかのような館内には、国内外の名車がずらりと並ぶ。しかも一部の車は動かすことができる状態っていうんやから驚きやろ。敷地内にはインテリアにこだわったレストランもあるから、1日中クラシカルな世界を満喫できるで。※これは2022年6月の情報です。
住所:大阪府大阪市港区海岸通2丁目6-39
アクセス:Osaka Metro中央線大阪港駅から徒歩約6分
https://glion-museum.jp/
柴島浄水場の旧「第一配水ポンプ場」を利用した水道記念館。1914年、大阪市の水道を拡張するときに作られたレンガ造りの建物は、明治・大正時代に関西で活躍し、難波橋も設計した建築家・宗兵蔵氏によるものなんや。建物を堪能したら館内へ。注目したいのは、鈍く光る年代物の送水ポンプ。メンテナンスを行いながら、70年以上使い続けたんやって。長年、人々の暮らしを支えてきただけあって、建物に負けず劣らずの存在感やで!※これは2022年5月現在の情報です。
住所:大阪市東淀川区柴島1-3-1
アクセス:阪急京都線南方駅、Osaka Metro御堂筋線西中島南方駅から徒歩約9分
https://suido-kinenkan.jp/
南海本線浜寺公園駅の旧駅舎は、1907年に建てられた洋風駅舎や。明治のリゾート地だった浜寺公園の駅舎らしい、モダンな様式をふんだんに取り入れた建築が特徴なんや。イギリスやフランスなどで見られる、柱や梁をむき出しにして漆喰で間を埋めたハーフティンバー様式の壁面、屋根裏から飛び出したドーマー窓など、随所にこだわりがあって、必見やで。さすが東京駅や中之島の中央公会堂を手掛けた辰野金吾の設計だけあるがな。 ※これは2021年11月現在の情報です。
住所:堺市西区浜寺公園町2-232
アクセス:阪堺線浜寺駅前駅から徒歩1分
堺の港は古代から天然の港として栄えとった。その後、一時は衰退した時期もあってんけど、明治の文明開化でまた息を吹き返したんや。そのシンボルとも言える堺燈台は、1877年にイギリス人技師ビグルストンが設計した本格的な西洋式木造燈台や。1968年に引退するまで、堺の港の安全を守り続けとったんやで。今でも英国風下見板張りの白い板壁がレトロな洋館みたいで、ロマンチックな雰囲気を漂わせとる。特におすすめは夕暮れ時やで。空や海の景色と相まって、褐色に染まっていく燈台の姿は、何度見ても見飽きひんで。 ※これは2021年11月現在の情報です。最新情報・詳細は、下記 堺市のホームページをご確認ください。
住所:堺市堺区大浜北町5丁1-22
アクセス:阪堺線宿院駅から徒歩約23分
https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/shokai/bunya/shiseki/oldtodai.html
淀屋橋と肥後橋の中間、中之島から南側へ行ったら、大阪近代の名建築っていわれる「大阪倶楽部」。注目は「自由様式」と呼ばれてるその作風。南欧イタリアを彷彿とさせるアーチ形の石柱や、東洋や中東を思わせる玄関前のトーテムポールや壁面の魔除けといった、特定の地域にとらわれへん意匠は建築ファンには見逃せないポイントや。会員制社交倶楽部で会員専用なんやけど、定期的に見学ツアーが実施されているから、行く前に確認してみてな。
住所:大阪市中央区今橋4-4-11
アクセス:OsakaMetro・京阪本線淀屋橋駅から徒歩約5分
https://osaka-club.or.jp/
大江橋の南側にある日本銀行大阪支店。実は最初からこの場所にあったわけではないんやで。当初は今の「大阪倶楽部」の場所にあったんやけど、取り扱い規模の拡大に合わせて移転。ちなみに今の場所は、大阪株式取引所(現・大阪取引所)の設立者の一人・五代友厚の私邸があった場所なんやで。予約すれば、内部の見学も可能やから、当時の銀行跡を眺めて、思いをはせてみるのもええんちゃうやろか。
住所:大阪市北区中之島2-1-45
アクセス:OsakaMetro・京阪本線淀屋橋駅から徒歩約3分
https://www3.boj.or.jp/osaka/
大阪市役所前を歩いているとすぐ隣に、ひときわ目を惹く建造物に出会う。これを一目で図書館だとわかる人は、まずおらんやろ。ヨーロッパのどこかにある教会か神殿か宮殿か?なんて錯覚してしまいそうなほど、優雅な雰囲気を醸し出すこの建物は、間違いなく大阪府立中之島図書館や。明治37年、住友吉左衛門氏の寄付によってこの地に建ち、設計は住友家の建築技師であった野口孫市氏が欧米視察へ行って学んだ技を駆使して建築された。昭和49年には本館及び左右両翼の2棟が国の重要文化財に指定されている。外観もさることながら、中に入ったら驚くで。正面玄関すぐの中央ホールには、左右対称に広がる階段。そして見上げればドーム型の天井。一瞬で中世ヨーロッパの世界に迷い込んだような気分にさせてくれる。2階に併設されているのは『スモーブロー キッチン ナカノシマ』というカフェ。「スモーブロー」というのは、デンマークの伝統料理のこと。デンマークという国では、古いものを大切にしたり、心地良い時間にこだわるという文化が根づいているんやって。だからなのか、食べ物にも「心地よさ」が徹底追及されていて、店の料理はすべてが手作り。食材はすべて新鮮で安心・安全なものを使用することにこだわっているんやって。図書館で借りた本を好きなドリンク片手にゆっくり読んでたら、まるでデンマークのオードリー・ヘップバーン。豊かで心地よい時間が、慌ただしい日常を忘れさせてくれそうやわ。※2024年1月現在の情報です。(I.R)
住所:大阪市北区中之島1-2-10
アクセス:OsakaMetro・京阪本線淀屋橋駅から徒歩約5分
https://www.nakanoshima-library.jp/
難波橋の南東に位置する大阪取引所。その源流は、江戸時代に堂島川・土佐堀川沿岸地域にあった「堂島米会所」や。明治時代に五代友厚らが発起人となった「大阪株式取引所」、「大阪証券取引所」を経て現在の名称に至るんやで。そのビルは2004年に改装されたんやけど、玄関ホールを含む円筒型の「旧市場館」は現在も保存されてて、古典主義を思わせる外観や窓枠の精巧な装飾、内部からはアールデコ風のステンドグラスが見られるで。
住所:大阪市中央区北浜1-8-16
アクセス:OsakaMetro・京阪本線北浜駅から徒歩すぐ
https://www.jpx.co.jp/corporate/about-jpx/profile/02.html
難波橋の南詰すぐ、大阪取引所の向かい側にある、レンガ造りの洋館が「北浜レトロ」。明治45年に建てられた建物で、国の登録有形文化財にもなってて、今は英国情緒を堪能できるティーサロンとなってるんや。アフタヌーンティーを楽しみながら難波橋や土佐堀川を眺められるから、散策中の休憩にもぴったりやで。
住所:大阪市中央区北浜1-1-26
アクセス:OsakaMetro・京阪本線北浜駅から徒歩約3分
https://www.instagram.com/kitahama_retro/
錦橋の「錦」は、錦絵の「錦」。なんでそんな名前がついたというと、橋の上がギャラリーになってるからです。もともとは「土佐堀川可動堰」という水門やったんやけど、昭和53年まで使われた後、橋としてきれいに整備されることになってな。そん時に、大阪の橋を描いた錦絵を4枚、タイルに焼き付けて飾ったんよ。水門らしいどっしりした橋やけど、小さいから車は通られへん。のんびり絵を見ながら散歩するにはぴったりやな。
住所:大阪市北区中之島2~西区土佐堀1
アクセス:京阪中之島線渡辺橋駅から徒歩2分、またはOsakaMetro四つ橋線肥後橋駅からすぐ
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000023833.html
肥後橋の名前の由来は、江戸時代、橋の北詰に肥後藩の蔵屋敷があったから。ここには豊臣秀吉に仕えた武将・加藤清正が住んでいたそうや。蔵屋敷というのは、大名の倉庫兼取引所みたいなもん。中之島や堂島のあたりには多くの蔵屋敷が建ち、各地の特産物が集まって盛んに商いが行われてたんです。その賑わいは、「天下の台所」と言われるほど。今もオフィス街で人が多いけど、これは江戸時代から続く大阪の賑わいなんやね。
住所:大阪市北区中之島2~西区土佐堀1
アクセス:OsakaMetro四つ橋線肥後橋駅から徒歩1分
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000024046.html
大江橋は「南欧中世風」と評された、異国情緒あふれるデザインが特徴や。大正時代に全国から意匠設計を募って、コンペで選ばれたんやけど、当時としては異例のことやった。メインストリートとなる御堂筋と、御堂筋にかかる大江橋、その対となる淀屋橋は、大阪近代化の象徴。いわば「大阪の顔」やった。やから街の景観との調和まで考えて、気合い入れて造られたんやな。国の重要文化財にも指定されてるんやで。
住所:大阪市北区西天満2~北区中之島1
アクセス:OsakaMetro御堂筋線淀屋橋駅・京阪本線大江橋駅からすぐ
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000493567.html
鉾流(ほこながし)橋は天神祭の始まりの舞台となる橋。名前の由来になった鉾流神事は、1000年以上の歴史がある、大阪天満宮の神さんを町にお迎えする行事。北詰近くの鳥居から漕ぎ出す小さな船から神童さんが神鉾を流して、祭の幕が上がるんです。江戸時代以来途絶えてた神事なんやけど、昭和4年に橋が架け替えられたその翌年に、大阪の人らがぜひにと言うて復活したとか。祭りも橋もみんなに愛されてきたんです。
住所:大阪市北区西天満2~中之島1
アクセス:OsakaMetro御堂筋線淀屋橋駅から徒歩5分、または京阪中之島線なにわ橋駅から徒歩2分
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000024056.html
難波橋から中之島へ渡ってすぐ見えてくる、大阪を代表するレトロ建築のひとつ。その歴史は、大正時代までさかのぼる、西日本で初めて国の重要文化財に指定された施設やねんで。公会堂のスタッフさんが案内してくれるガイドツアー(事前予約/有料)は、「特別室」にも入らせてもらえて、日本神話の天井画や鳳凰モチーフのステンドグラスといった、フォトスポットも全部見られるで。
住所:大阪市北区中之島1-1-27
アクセス:OsakaMetro御堂筋線・京阪本線淀屋橋駅から徒歩約5分
https://osaka-chuokokaido.jp/
他のプランを探す

大阪には、長い歴史を持つ老舗の商いが数多く存在します。これらの老舗は、長年地元の人々に愛され、大阪の文化を支え、今も誰かの日常を支えている商いがあります。変わること、変えないこと、その両方を見極めながら、「ほんまもん」の価値を静かに守り続ける老舗たち。この特集では、大阪各地に根づく、ジャンルを問わない老舗を訪ねます。

大阪市内は「ミナミ」と呼ばれる難波・心斎橋周辺と、「キタ」と呼ばれる梅田周辺が、最も賑わう2大繁華街。夕刻が近づくとあちこちで明るいネオンがまたたき、「大阪の夜はこれからやで~」と呼び掛けてくれる。どこも激戦区なのでそれぞれに個性的な趣向を凝らしたスポットが目白押しなので、気に入ったお店へ足を運んでみてくださいね。

大阪と京都の県境に位置する北摂・三島は、日本史のターニングポイントと深くかかわる足跡を数多く残しています。平安後期から鎌倉を経て南北朝時代まで、それは貴族から武士へ、朝廷から幕府へと権力が大きくシフトする時代を象徴する場所でもありました。その時代に重要な役割を果たした後鳥羽上皇や楠木正成にまつわる史跡はドラマティックで特に興味深いものです。歴史のタイムトンネルをくぐって、隠れた名所を訪れてみませんか?

普段は何気なく通り過ぎてしまいがちな、道端のマンホール。フタにその町を象徴するシンボルや名所、キャラクター、アートなどを描いたり、いくつものデザインや色違いを制作している自治体も。そんなデザインマンホールのフタの写真やデザインの由来などが載ったコレクションカード「マンホールカード」は、府内だけで50種類以上配布中。小さな円にぎゅっと詰まった物語を見て、感じて、味わって!

大阪市に隣接する門真と守口。大阪の産業を支える東大阪工業地帯の中心地区ともいわれ、パナソニックグループをはじめ、さまざまな企業の本社や工場が集まる、ものづくりの街です。さらに、近年注目される「クールジャパン」のコンテンツのひとつであるフィギュアメーカー・海洋堂も本社を構えています。まさに色々な分野のものづくり文化が発信される下町へ、少し足を伸ばしてみませんか。

銀杏や藤、瓢箪に桜など、花と緑に親しめる場所の多い大阪。その中でも、植物そのものに歴史やストーリーがあったり、古くから人々に大切に育てられている草花も少なくありません。季節を感じ自然に親しむ、歴史を散歩に出かけませんか?

うどんといえば香川のイメージが強いですが、大阪人もうどんが大好き!甘いお揚げがのった「きつねうどん」や、“油かす”といわれる牛ホルモンをトッピングした「かすうどん」など、名物うどんがたくさんあります。讃岐うどんとは一味違う、大阪のおうどん。ぜひ味わってみてください。

交野近辺は万葉集の時代から「交野ケ原」と呼ばれて数々の歌に詠まれ、愛されてきました。その後も風光明媚な自然や神聖な山岳の修行場を求めて、人々が行き交い、多くの不思議な伝説が生まれ、今も語り継がれています。今回は、交野のシンボルともいえる「交野山(こうのさん)」を中心に、その魅力に迫ります。一気に山頂を目指すもよし、山中の自然を満喫するもよし、まずはぜひ足を運んでみてください。

飛鳥時代に聖徳太子が建立した寺社や、江戸時代に大人気だったレジャースポット・新清水、今なお昭和の風情を色濃く残す阪和商店街など、いろいろな時代を体感できる・天王寺。四天王寺の縁日には骨董市も開かれ、より一層賑わいます。不思議な魅力あふれる路地裏まで足を伸ばして、1日タイムスリップしてみませんか?

大阪と京都のちょうど真ん中あたりに位置する高槻市。造り酒屋や社寺、宿場町として栄えた面影を残したエリアです。そんな北摂随一の昔町を、ゆっくりのんびりと歩きながら、歴史に思いを馳せてみませんか。

阪堺電車は、浪花のシンボル、通天閣とあべのハルカスの足元にある2つの始発駅から出発する路面電車。まっすぐ南下して、住吉大社の手前で一筋になり、ゆっくりと大和川を渡れば、歴史・文化の宝庫、堺です。気の向くままに途中下車して、江戸の風情、明治モダン、大正ロマンを満喫してください。

直径36mmの消印の中に名所や名物がギュッと描かれた「風景印」。旅先から友人へ、旅の思い出をしたためて自宅へ、こんなスタンプが押されたはがきが届くと、きっと楽しい気分になるはず。住吉なら太鼓橋に阪堺電車、東大阪なら花園ラグビー場などなど、郷土愛たっぷりの素敵な風景印の世界を覗いてみませんか?

和泉という地名は、伝説の女王 神功皇后が立ち寄った際、いきなり泉が湧き出したことに由来するそう。古代から稲作と祭礼が営まれ、数々の伝説を生み、中世以降は熊野詣、伊勢詣の参詣道としても栄え、綿織物、ガラス玉など製造も盛んになります。そして現在も豊かに湧き続ける文化の泉に触れてみませんか?

大阪市中央区の道修町は、江戸時代から薬種問屋が軒を連ね、現在も製薬会社の本支店がある「くすりのまち」として知られています。日本の医薬品産業発祥の地を歩いて、漢方薬としても扱われる肉桂(シナモン)や丁子(グローブ)などスパイスのパワーを体感しましょう!

















































