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先祖代々同じ商売を守りに継ぐ「大阪老舗」
HISTORIC SHOP

大阪には、長い歴史を持つ老舗の商いが数多く存在します。これらの老舗は、長年地元の人々に愛され、大阪の文化を支え、今も誰かの日常を支えている商いがあります。変わること、変えないこと、その両方を見極めながら、「ほんまもん」の価値を静かに守り続ける老舗たち。この特集では、大阪各地に根づく、ジャンルを問わない老舗を訪ねます。
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スポット 37件

大阪・新世界の活気あふれるジャンジャン横丁。その喧騒と対比するように、静かな時の流れを感じさせる純喫茶、「千成屋珈琲」がその存在感を放つ。前身の創業以来70年以上の歴史を刻む同店は、日本の喫茶店文化を語る上で欠かせない「ミックスジュース」発祥の店として知られる。 前身は昭和23年(1948年)創業の果物店。初代店主は、完熟しすぎて売り物にならない果物をどうにかできないものかと考え、独自の配合でミキサーにかけることを発案。りんご・バナナ・黄桃・白桃・みかんの果実をまるごと使い、牛乳と氷をミックスした。特にりんごを皮ごとミキサーにかける製法は、果物店の知識を知り尽くした初代だからこそ辿り着けたこだわりと言えるだろう。こうして誕生した濃厚な味わいの一杯こそが、昭和の喫茶店といえば誰もが思い浮かべるミックスジュースのはじまりであり、唯一無二の大阪ソウルドリンクとなったのだ。 昭和35年(1960年)に本格的な喫茶店となり、以来、新世界を代表する店として愛され続けたものの、2016年に一度、廃業の危機を迎える。 この時、「この味を残したい。ミックスジュースを大阪名物にして新世界を盛りあげたい」という熱意で四代目が店を継承。パティシエとともに試行錯誤を重ね、独特の濃厚さはそのままに、果物本来の甘さを引き出した新しいレシピを生み出した。 また、千成屋珈琲は、大阪の「レイコー」ブームの火付け役となったアイスコーヒーをはじめ、喫茶文化を牽引してきた存在である。美しいフルーツの断面が魅力の「ミックスフルーツサンドウィッチ」、王道の「昔ながらのオムライス」、鉄板で熱々を提供する「焼きナポリタン」など、昭和の喫茶店が持つ味わい深いメニューにもそそられる。店内は喫茶店創業当時のままの雰囲気を極力残した昭和の趣が漂う。伝統への敬意と未来への挑戦を体現する場所として、千成屋珈琲は今なお活気づいている。
住所:大阪市浪速区恵美須東3-4-15
アクセス:大阪メトロ御堂筋線・大阪メトロ堺筋線動物園前駅から徒歩約5分、JR大阪環状線・南海本線・南海高野線新今宮駅から徒歩約7分
https://www.sennariya-coffee.jp/
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日本の食生活に欠かせない伝統食であり、栄養豊富な発酵食品でもある「味噌」。 その味噌を江戸時代から手掛けているのが「大源味噌」だ。1823年(文政6年)、初代・竹島平助が自家製の味噌を天秤棒に担いで売り歩いたことに端を発する。明治時代には3代目・竹島源蔵が素材や製法に一切妥協しない味噌作りを追求し、その味は大阪の高級料亭や旅館などで使われるほど高く評価された。 1903年(明治36年)には、大阪で開催された「全国勧業博覧会」に出品し、優秀賞を受賞。全国的に知られる存在となり、大正時代に入ると海外輸出も開始して事業を拡大した。その後、戦争によってすべてを消失したが、日本橋で再スタート。戦後の高度成長とともに、人々の食生活が西洋化し和食離れが起こる中でも、「本当においしい味噌を届けたい」とこだわりの味噌を提供し続けている。 商品は白味噌をはじめ、赤だし、赤味噌、おかず味噌、西京みそ漬け、甘酒、フリーズドライのみそ汁など、多彩に展開。おいしさを追求した味噌は、ミシュランガイド掲載店の多くの料理人からも、「風味が良く、やわらかい味が、さまざまな料理に合って使いやすい」「長い歴史があるので味の安定感があり、安心して使うことができる」と支持されている。 本店2Fの「MISOカフェ」では、料理教室や味噌講座などさまざまなイベントを開催。毎年1〜4月には手作り味噌を仕込むワークショップを行うほか、期間限定で味噌汁やおにぎりなどの定食も提供し、「味噌の価値や魅力」を発信している。 創業以来、200年を超えて大事に受け継いできた味、「大源」ならではの味を、絶やすことなく未来へつなぎたい。大源味噌は今日もこだわりの味噌作りを続けている。
住所:大阪市中央区日本橋2-5-6
アクセス:大阪メトロ御堂筋線なんば駅から徒歩約7分、日本橋駅から徒歩約3分
https://daigen-miso.com/
「和食店ちとせ」は、大阪・谷町六丁目の静かな路地裏にひっそりと佇む日本料理の名店である。からほり推奨建物長屋の奥でひっそりと、派手な看板もなく、通り過ぎてしまいそうなほど控えめな外観だ。しかし一歩足を踏み入れれば、落ち着いた灯りと木の温もりが心を包み込む。喧騒を離れた空間で、丁寧に仕立てられた和の味を静かに堪能できるのが、この店の魅力だ。 料理は、旬の素材を生かしたおまかせコースがメインだ。昼ランチは松花堂弁当のみ、季節ごとにメニューが入れ替わる。秋(10月後半・税込み1,800円)の松花堂弁当は栗の甘煮や秋刀魚の甘露煮、蓮根饅頭菊花餡やさつま芋ご飯など。出汁の香りが立つ椀物、繊細な盛り付け、焼き加減まで計算された魚料理など、どれも職人の技と感性が光る。特別な演出ではなく、素材そのものの力を最大限に引き出す“引き算の美学”が貫かれている。 夜(18:00-22:00)はコースのみで、前日迄の完全予約制だという。 店主は穏やかな人柄で、気取らずとも品があり、肩肘張らずに本格的な和食を味わえる貴重な一軒である。谷六の路地裏で、静けさと滋味が調和する時間を過ごしたい人にこそ薦めたい店だ。(かの)
住所:大阪市中央区上本町西1-4-19 長屋南東奥二番目
アクセス:地下鉄谷町線谷町六丁目駅から徒歩約2分
https://www.instagram.com/chitose.2019/
大阪・心斎橋に本店を構える「北極星」は、大阪の洋食文化を語る上で欠かすことのできない名店である。創業は大正11年(1922年)、日本で初めてオムライスを考案した店として知られており(諸説あり)、その歴史と伝統を今もなお大切に守り続けている。暖簾をくぐると、落ち着いた和の趣が漂う店内が広がり、まるで昭和の洋食店にタイムスリップしたかのような雰囲気に包まれる。 名物のオムライスは、しっとりとした薄焼き卵に包まれた優しい味わいのチキンライスが特徴である。トマトソースの酸味と甘みのバランスが絶妙で、口に運ぶたびに懐かしさと温かみが広がる。シンプルながらも計算された美味しさは、長年愛され続ける理由を感じさせる一皿である。また、具材やソースの違いによって、ハヤシソースやビーフシチューをかけた贅沢なアレンジも楽しめる。 テイクアウトで人気なのが、「カレーパン」である。外はサクッと、中はもっちりとした食感のパン生地の中に、複数のスパイスをブレンドしているという複雑な香りが豊かに広がるカレーがぎっしりと詰まっている。ひと口かじると、香ばしさとコクが一体となり、食欲をそそる味わいだ。店内で揚げたてを味わうのはもちろん、テイクアウトして自宅で楽しむ客も多い。 伝統と革新を併せ持つ北極星は、洋食の原点でありながら、今も進化を続ける名店である。老若男女問わず多くの人々に愛される理由は、「心まで満たす味」を提供しているからではないだろうか。心斎橋を訪れたなら、ぜひ一度その味と歴史を体感してほしい。(かの)
住所:大阪府大阪市中央区西心斎橋 2丁目-7-27
アクセス:地下鉄御堂筋線なんば駅から徒歩約3分
https://www.hokkyokusei.online/
ホロホロとくずれそうな手触りに、モチモチとした食感。やがて口の中で溶けてしまう、甘さ控え目の小豆の蒸し菓子「村雨」。貝塚の和菓子店「塩五」(しおご)が、1854年(安政元年)の創業当時より作り続けている泉州銘菓だ。 村雨は北海道産など国産の上質な小豆を、柔らかく炊いて皮を取り除き、細かくすりつぶして、水分を搾り取った"生あん"に、米の粉と砂糖を混ぜてそぼろ状にし、特製の蒸籠(せいろ)に敷きつめ、じっくりと蒸し上げる。塩五は1903年(明治36年)に第五回内国勧業博覧会にこの「村雨」を出品し、優良品として褒め状を授与された。「村雨」という名は、はかなく崩れる様から、和泉八景の一つ「貝浦の村雨」にちなんで付けられた。和泉八景とは、かつての和泉国、今でいう泉州の特徴的な美しい景色を八つ選んだもの。「村雨」は1909年(明治42年)に商標登録を果たしている。 創業者の塩屋五兵衛は代々、干菓子やニッキ餅などを作って商売していた泉佐野の地を離れ、貝塚で菓子店を開業。それが江戸時代末期1854年で、塩五はこの年を創業の年としている。塩屋五兵衛はその名から「塩五」と呼ばれ、子孫も地元では「塩五」の家号で代々呼ばれてきた。店名はこの家号にちなんでいる。 泉州の自然や文化を映す味わいとして、古くから世代を超えて親しまれている塩五の「村雨」。風土とともに育まれ、職人の誇りが詰まった銘菓を、貝塚の風景とともに味わいたい。※これは2025年10月現在の情報です。(N.Y)
住所:貝塚市西町7-1
アクセス:南海電鉄南海本線貝塚駅から徒歩約6分
https://www.shiogo.co.jp/
ミナミの喧騒の中でひと際目を引く純和風の建物、それが1919年(大正8年)から続く黒毛和牛専門店「はり重」だ。堺で創業し、戦後になって現在の道頓堀に店を構える際に洋食も展開に加え、評判の店となった。 はり重の肉の特徴は、口の中でとろけるような食感だ。それは国産黒毛和牛の雌牛だけを使うことで生まれる。黒毛和牛の雌牛は肉のきめが細かく、脂の融点が低いため、お肉の旨みを味わうには最高の肉だと考えているからだ。そもそも和牛というのは日本で育てられた牛の4品種のみを指し、中でも黒毛和種(黒毛和牛)は長年かけて食肉に最も適した肉牛として作られた品種。きめ細かいサシ(霜降り)、とろける柔らかさ、自然な甘さなど、世界に誇る日本固有の品種であり、はり重は黒毛和牛の中でも雌牛に限定して一頭買い。独自の手法で熟成させることで、肉質は柔らかく、たんぱく質は旨味成分に変化する。その肉の一番良い熟成状態を見極め、料理や精肉を提供しているのだ。 さらにはり重では、すき焼きの割り下は和牛の骨から出汁をとり、味わいに深みを。フライの揚げ油には黒毛和牛の牛脂を使用し、風味豊かな仕上がりに。デミグラスソースは和牛のスジから出汁をとり、大鍋で1週間炊いて、まろやかさとコクのある味わいに。こうして守り続ける伝統の味には、3世代にわたるファンも少なくない。人々の記憶に残る味と時間を、はり重は今なお提供し続けているのだ。※これは2025年10月現在の情報です。(N.Y)
住所:大阪市中央区道頓堀1-9-17
アクセス:大阪メトロ御堂筋線なんば駅から徒歩約4分
https://www.harijyu.co.jp
オフィス街に突如として現れる重厚な門構え。一歩足を踏み入れれば、そこには時間が止まったかのような空間がある。老舗天ぷら割烹「㐂太八(きたはち)」は、明治40年に旅館として建てられた歴史ある建屋に暖簾を掲げ、5つの時代を静かに見守り続けてきた。2階の屋根や化粧室の天井に残る意匠には、100年以上前の職人の息遣いが感じられ、この場所が単なる食事処ではなく、街の歴史そのものであることを物語っている。 その物語は、昭和4年、賑やかな法善寺界隈での創業から始まった。往年の名優・山村聰をはじめ、多くの役者たちに愛された味は、戦火を逃れた島根での再起を経て、戦後、現在の明治の建屋で新たな光を灯すことになる。 「㐂太八」の天ぷらは、ごま油の香ばしさと関西風のさっぱり感を併せ持つ、絶妙な中間の味わいである。また、そのメニューの裏には、大阪の文化と人情が息づいている。高価な海老の代わりという冗談めかした理由から生まれた紅生姜の天ぷらは、大阪人の粋な倹約精神を体現する一品。また、常連客との交流から生まれた「卵かけご飯」が締めの定番となるなど、おおらかで温かい人情味がこの店のもう一つの魅力である。 かつては北浜のビジネスマンが「株が揚がる」と縁起を担いで賑わい、今は遠方からの観光客や家族連れが集う。時代が移り変わっても、代々受け継がれる天ぷらの味と、お客様を大切にする「おもてなしの心」は変わらない。明治の面影を残す空間で、大阪の歴史と人情が詰まった天ぷらを味わうことは、この街の食文化に触れる、かけがえのない体験となるであろう。※これは2025年10月現在の情報です。(M. M)
住所:大阪市中央区今橋2-2-10
アクセス:大阪メトロ御堂筋線淀屋橋駅から徒歩約5分、大阪メトロ堺筋線・京阪本線北浜駅から徒歩約3分
https://www.kitahati.jp/
大阪・道頓堀の象徴として巨大な動くカニ看板を掲げる「かに道楽」は、実は大阪発祥ではない。1960年(昭和35年)に、創業店舗となる山陰の魚介料理店「千石船」を開業したが、一年以上鳴かず飛ばずの状態に…。悩んだ末に日本海のカニを使った鍋料理「かにすき」を考案。大阪名物「うどんすき」に倣ったこの新メニューは大ヒットし、冷凍保存と独自流通により一年を通じて新鮮なカニを提供する体制を築いた。続きは、https://www.osaka-soundtrip.com/spot/gourmet11544/
住所:大阪市中央区道頓堀1-6-18
アクセス:大阪メトロ御堂筋線なんば駅から徒歩約3~5分
https://douraku.co.jp/kansai/honten/
大阪で江戸時代から愛される、ザクっとした食感の「粟おこし」と、バリっと硬い食感の「岩おこし」。大阪名物とあっておこしの名店も多いが、そのなかで宮内庁御用達に唯一選ばれたのが、あみだ池大黒だ。 初代・小林林之助(利忠)が、長堀川のほとりにあるあみだ池に店を構えたのが、文化2年(1805)のこと。長堀川を通って年貢米を運ぶ、千石船の船底にこぼれた余剰米を安く買い取り、おこしの材料にするという機転をきかせたという。
住所:大阪市西区北堀江3-11-26
アクセス:大阪メトロ千日前線・長堀鶴見緑地線西長堀駅から徒歩約1分
https://www.daikoku.ne.jp/
外国から伝わった南蛮菓子のひとつ、有平糖を130年もの間つくり続けるのが、文の里にある喜多林堂だ。京都の和菓子店で修業をした初代が、現在の宗右衛門町あたりで店を開いたのが明治28年のことで、現在は5代目が跡を継ぐ。 創業時からの代表銘菓は、純度の極めて高い国産氷砂糖をひたすら煮詰めてつくる「有平糖 菊の露」。ほんのり焦げ色がついた、雑味のない甘さの有平糖で、噛んだときのパリパリとした歯あたりの良さが特徴だ。二代目の頃には、昭和天皇がお買い上げをなさるということで、工場内にしめ縄を巡らせ、全員白衣・マスクを着用し、土埃の舞う不浄な日中を避けた真夜中の2時ごろに菊の露を製造したといい、その様子を映した写真が店内に飾られている。創業時は菊の露だけのラインナップだったが、現在は黒飴に梅肉エキスが練り込まれた鶯林梅のほか、ピリッとした清涼感のある山椒飴など、選ぶのに迷うほど豊富に。また、うすく伸ばした飴生地にピーナッツ、黒ゴマ、金ゴマをあしらった香ばしい割板など、変わった飴菓子も販売する。そのどれもが手作業を中心に一つひとつ丁寧につくられ、さらに職人の目によるクオリティチェックを合格した極上品。ふだん口にする飴とは一線を画す味わいで、贈りものや自分へのごほうびにぴったりだ。 ※これは2025年8月現在の情報です。(O. A)
住所:大阪市阿倍野区阪南町1-23-8
アクセス:大阪メトロ谷町線文の里駅から徒歩約3分
https://kitarin.b-smile.jp/
大阪・十三の商店街に店を構える永楽堂は、昔ながらの町の和菓子屋の空気を今に残す、どこかほっとする一軒。長年にわたり十三の住民の日常のおやつや手土産を支えてきた存在だ。店構えは華やかさよりも親しみやすさが前面に出ており、ガラスケースに並ぶ菓子の姿や、どこか懐かしい看板の雰囲気から、地域密着型の和菓子店であることが伝わってくる。 この店の大きな魅力は、店頭に立つ優しそうなおばあちゃんの存在である。気取らない接客と温かなやり取りが印象に残り、初めて訪れてもどこか常連になったような安心感を覚える。こうした人の温もりも、永楽堂という店の価値の一部だと言える。 和菓子屋でありながら、意外にも人気商品は、しっかりとした卵のコクが感じられる焼きプリン。表面のほろ苦いカラメルと素朴な甘さのプリン生地のバランスがよく、どこか家庭的で飽きのこない味わいだ。季節ごとに並ぶ銘菓も見逃せない。春の和菓子、夏の涼菓、秋冬の上生菓子など、その時期ならではの品が小さなケースに丁寧に並ぶ。名物の大粒栗が現在休止中となっているのは残念だ。 派手な有名店ではないが、永楽堂には町の和菓子屋として長く愛されてきた理由が確かにある。十三の街を歩くとき、少し足を止めて立ち寄れば、昔ながらの大阪の甘味文化と人の温かさを、やさしく感じ取れる店なのである。
住所:大阪市淀川区十三本町1-7-28
アクセス:阪急電鉄「十三」駅から徒歩約3分
大阪・船場に店を構える美々卯 本店は、うどんすきで全国的に知られる大阪の老舗である。格式を感じさせる店構えながら、料理はどこかやさしく、長く親しまれてきた理由が素直に伝わってくる一軒だ。 創業は1770年ごろ(宝暦年間か)とされる。もとは料亭として始まり、江戸後期から明治にかけて大阪の食文化を支えてきた。現在の本店は船場の落ち着いた街並みに溶け込み、老舗らしい風格を保ちながら営業を続けている。長い歴史の中で培われた「だし文化」の厚みが、この店の最大の強みである。 名物は「うどんすき」だが、本店では現在「美々卯megumi」として、女性職人による蕎麦のみを提供。北海道・南富良野産の玄蕎麦を店内で挽いており、のどごしが良く、安定感のある味わいだ。温・冷ともに用意されており、軽く食事を済ませたいときにも使いやすい。うどんすきの名店でありながら、麺類全体のレベルが高い点は見逃せない。十割蕎麦のあいもりは、細打ちと平打ちをいっぺんに味わえる。そば湯も格別だ。 店内は和の落ち着きを基調とした空間で、席間にもゆとりがある。老舗らしい丁寧な接客も含め、食事の時間そのものをゆっくり味わえる雰囲気だ。観光客向けの店というより、大阪の食文化を正面から守り続けてきた本流の一軒といえる。 美々卯 本店は、長い年月をかけて磨かれてきただしの力と、基本に忠実な仕事の積み重ねこそが魅力。船場を訪れたなら、一度は味わっておきたい大阪の老舗なのである。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区平野町4-6-18
アクセス:OsakaMetro御堂筋線「淀屋橋」駅から徒歩約5分
https://www.mimiu.co.jp/about/
大阪の丸与有限会社は、「鰹節 丸与」の名で知られる老舗の削り節専門店であり、大阪の食文化を陰で支え続けてきた存在。だし文化が深く根付く関西において、良質な鰹節を安定して供給してきた点に、この店の歴史的意義がある。創業は江戸期にさかのぼるとされ、当初は鰹節の製造・卸を中心に事業を展開。時代とともに食の形が変化する中でも、「だしの質こそ料理の要である」という信念を貫き、原料選びから削りの工程まで妥協しない姿勢を守り続けてきた。戦前・戦後の混乱期を経ても事業を継続し、家庭用から業務用まで幅広く支持を集めている。丸与を代表する名物が、香り高い鰹節の花かつおである。薄くふわりと削られた花かつおは、湯を注いだ瞬間に豊かな香りを立ち上らせ、関西だし特有の澄んだ旨味を生み出す。お好み焼きやたこ焼き、冷奴といった大阪の庶民的な料理に欠かせない存在であり、地元の食卓に深く浸透している。もう一つの看板商品が、さば削りである。鰹節とは異なる、力強くコクのある旨味が特徴で、うどんやそばのだし、煮物に用いられることで味に厚みを加える。丸与のさば削りは、雑味を抑えた仕上がりに定評があり、料理人からも高い評価を受けている。丸与有限会社は、派手な宣伝を行うことなく、素材と技に向き合い続けてきた。花かつおとさば削りに代表される製品の一つひとつには、大阪のだし文化を守り育ててきた長い歴史と職人の矜持が凝縮されている。丸与は、今もなお大阪の味の原点を支える、欠かすことのできない存在である。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区谷町6-17-17
アクセス:OsakaMetro長堀鶴見緑地線「松屋町」駅から徒歩約6分
https://www.maru-yo.co.jp/
大阪に数ある大衆食堂の中でも、一富士食堂は独特の存在感を放つ名店である。東天満の交差点近くに店を構え、お昼から多くの客でにぎわうこの食堂は、長年にわたり労働者や地元住民の胃袋を支えてきた。華美な装飾はなく、実直で飾らない佇まいは、大阪下町の食文化そのものを体現している。一富士食堂の歴史は1959年(昭和34年)にまでさかのぼる。安く、早く、そしてうまい食事を提供することを信条とし、日々の暮らしに寄り添う食堂として定着していった。高度経済成長期を経てもその姿勢は変わらず、時代が移り変わっても変わらぬ味で客を迎え続けている。名物としてまず挙げられるのが「肉吸い」である。牛肉と豆腐を上品な和風だしで煮込んだ一品で、汁物でありながら主役級の存在感を持つ。卵と魚粉まで入っているのが嬉しい。一富士食堂の肉吸いは、だしの旨味が前面に出たやさしい味わいが特徴で、牛肉のコクと相まって、酒後の一杯としても高い支持を集めている。もう一つの看板が、だし巻き卵である。ふんわりと焼き上げられた卵からは、関西らしいだしの風味がじんわりと広がる。箸で持ち上げることができないほど柔らかく、皿に溢れ出すほどのたっぷりの出汁を含んでいる。余計な甘さはなく、卵とだしの調和を重視した味わいは、肉吸いとの相性も抜群である。この二品を目当てに足を運ぶ客も少なくない。一富士食堂は、特別なごちそうを出す店ではない。しかし、日常の中に確かな満足を与えてくれる存在であり、その積み重ねが長い歴史を築いてきた。大阪の下町文化と食の記憶を今に伝える、貴重な大衆食堂である。
住所:大阪市北区天満2-13-16
アクセス:JR東西線「大阪天満宮駅」から徒歩約6分
大阪の小倉屋山本は、昆布の名店として長い歴史と確かな品格を誇る老舗である。創業は江戸時代の嘉永元年(1848)年で、二百年以上ものあいだ、大阪の食文化を支えてきた。その看板商品である「塩昆布」は、厳選した北海道産の真昆布を用い、独自の製法で丁寧に炊き上げた逸品である。上品な旨味と深いコクが絶妙に調和し、ご飯のお供としてはもちろん、茶漬けや酒肴にも最適だ。なかでも代表作「えびすめ」は、小倉屋山本の名を全国に広めた名物である。ほどよい塩加減と昆布本来の甘みが口いっぱいに広がり、一度味わえば忘れがたい味わいだ。また、現代の食卓に合わせた「昆布佃煮」などのラインナップも充実しており、贈答品としても高い評価を得ている。また、「白い巨塔」「沈まぬ太陽」などで知られる小説家・山崎豊子は、同店の家に生まれ育ち、その後に執筆した『暖簾』では、小倉屋山本をモデルに老舗商家の心意気と伝統を描いた。この作品は、商いの誇りと人情を重ね合わせた名作として、今も大阪商人の精神を語る象徴的な存在である。山崎豊子生誕100年記念として、佃煮のシリーズも販売されている。伝統の味を守りつつ、新しい感性で昆布の魅力を発信し続ける小倉屋山本は、大阪土産としても自信をもって薦められる一軒。老舗ならではの品格と、変わらぬ旨味が息づく名店である。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区南船場4丁目10-26
アクセス:OsakaMetro御堂筋線「心斎橋」駅から徒歩約3分
大阪市平野区の梅月堂は、地域に深く根ざした老舗和菓子店である。明治42年の創業以来、職人の技と心を大切に、伝統と創意を融合させた菓子づくりを続けてきた名店だ。店内には、ほのかな甘い香りとともに、昔ながらの温かみある雰囲気が漂い、訪れる人の心を穏やかにしてくれる。名物の「平野酒饅頭」は、平野の地酒を用いて丁寧に仕込まれた逸品である。ふっくらとした生地から漂うほのかな酒の香りと、優しい甘さの餡が見事に調和し、後味まで上品な余韻を残す。地元では祝い事や贈答にも用いられるほどの定番であり、平野の名を冠するにふさわしい看板菓子である。もう一つの人気商品「お鯛さん饅頭」は、鯛のかたちをした縁起の良い饅頭で、祝いの席やお土産に喜ばれている。愛らしい見た目に反して、味は本格的で、しっとりとした皮とほどよい甘さの餡が絶妙なバランスを生み出している。食べる人に福を呼び込むような、心温まる和菓子である。さらに特筆すべきは、店内に併設された「菓子づくりの道具展示コーナー」である。ここでは、昔ながらの木型や銅鍋、へらなど、職人たちが実際に使用してきた道具の数々が展示されており、和菓子の歴史と文化を身近に感じることができる。和菓子の伝統を伝える小さな博物館としても魅力的な空間だ。梅月堂は、平野の人々にとって誇りであり、訪れる人にとっては日本の菓子文化を体感できる貴重な場所である。職人の真心が込められた和菓子とともに、歴史のぬくもりを感じられる一軒として、ぜひ一度足を運ぶべき店である。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市平野区平野本町2-12-15
アクセス:OsakaMetro谷町線「平野」駅から徒歩約2分
http://baigetudou.com/01.html
大阪で長年にわたり愛され続けている「住吉団子本舗」は、地域に根ざした老舗和菓子店である。創業は明治時代の1893年、地元の人々にとって欠かせない甘味処として親しまれてきた。古くから続く手作りの技と、素材への妥協なきこだわりがこの店の魅力である。「住吉団子本舗」名物の一つが、ふっくら焼き上げた「どら焼き」である。皮はしっとりとしながらも香ばしく、定番の粒あんに加え、季節限定の栗あんや抹茶あんなど、時期ごとに異なる味わいを楽しめるのも魅力だ。大阪人の「甘いもん」文化を象徴する一品であり、土産や手土産としても人気が高い。さらに見逃せないのが、「栗大福」である。もち米の香りを生かした柔らかな餅生地に、ふっくら炊き上げた栗と上品な甘さの餡を包み込んだ逸品である。見た目にも可愛らしく、季節の訪れを感じさせる上生菓子のような存在感を放っている。ひと口頬張ると、栗の自然な甘さと餡のまろやかさが広がり、贅沢な余韻を残す。住吉団子本舗は、流行に流されず、昔ながらの製法を守り続ける一方で、新しい試みも忘れない。和菓子の本質である「素材・手間・真心」を大切にし、現代の感性にも寄り添う味づくりを心がけている。地元の人々にとっては、子どものころから慣れ親しんだ味であり、遠方から訪れる人々にとっては、大阪の下町情緒と職人の温もりを感じられる名店である。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市西区新町2-19-23
アクセス:OsakaMetro長堀鶴見緑地線「西大橋」駅から徒歩約4分
https://sumidango.official.ec/
慶応元年(1864年)創業の長池昆布は、長年にわたり昆布一筋に歩んできた老舗である。厳選された天然真昆布を中心に、品質と旨味に徹底的にこだわり抜いた商品づくりで、多くの料理人や食通から信頼を集めている。昆布の持つ旨味成分であるグルタミン酸を最大限に引き出すため、仕入れから乾燥、熟成まで一貫して丁寧な工程を守り続けているのが特徴だ。看板商品である天然真昆布は、北海道道南産の指定産地で採取された最高級の昆布を使用しており、上品で奥行きのある旨味と香りが持ち味である。出汁に使えば、澄んだ琥珀色の液体が立ちのぼり、口に含むと深い甘みとコクが広がる。料亭や和食店で愛用されるのも納得の品質である。また、料理用としてだけでなく、贈答用の詰め合わせとしても人気が高く、上質な昆布の存在感が贈り物として特別な印象を与える。さらに、長池昆布の「昆布茶」も見逃せない逸品である。厳選した昆布を細かく粉砕し、独自の製法で旨味を凝縮した昆布茶は、湯を注ぐだけで芳醇な香りとまろやかな塩味が広がる。寒い季節には体を温め、夏には冷やして飲むことで、すっきりとした後味を楽しむことができる。料理の下味や隠し味として活用しても、一段と風味が引き立つ万能な一品である。長池昆布は、大阪の食文化を支える「旨味の伝道師」としての役割を担っている。伝統を守りながらも、新しい時代に合った食の提案を続けるその姿勢には、老舗としての誇りと情熱が息づいている。大阪を訪れた際には、ぜひ一度その味と香りを確かめてほしい。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市北区西天満4-7-6
アクセス:OsakaMetro御堂筋線「淀屋橋」駅・JR「北新地駅」から徒歩約7分
https://nagaikekonbu.jp/
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120年以上前の明治期、日本の洋酒文化はまだ黎明期にあった。その大阪で、鳥井信治郎は「日本人の嗜好にあった洋酒」をつくりたいという熱い志を抱く。明治32年(1899年)、わずか20歳の信治郎は、この志を胸に「鳥井商店」を開業。これが、日本の洋酒文化を牽引する現在のサントリーの原点だ。
住所:三島郡島本町山崎5-2-1
アクセス:JR京都線山崎駅、阪急京都線大山崎駅から徒歩約10分
https://www.suntory.co.jp/factory/yamazaki/
大阪・淀屋橋のオフィスビルが立ち並ぶ道修町の一角に、静かに時を止めたような店構えを見せるのが「御菓子司 高岡福信」である。ここは、大阪市内で最古と言われる、1624年(寛永元年)創業の超老舗和菓子店だ。高岡福信のルーツは、江戸時代をさらに遡る。初代は、太閤・豊臣秀吉の御膳預かり(点心御用)を務めていたと伝わる。大坂夏の陣を経て、江戸初期に現在の「高岡福信」として創業した。実に400年を超える歴史である。 現在は17代目の当主がその暖簾を守っている。けっして広いとは言えない店内には、徳川幕府への献上や、京都御所への調進など、歴史の表舞台で菓子を供し続けてきた誇りが息づいている。クリーム色の外壁には、創業の年にちなんだ「寛永通宝」のレリーフがあしらわれており、歩む者にこの店の気の遠くなるような歴史を静かに語りかけている。 この店の代名詞であり、多くの食通を虜にしているのが「酒饅頭」である。市販の酒饅頭とは一線を画し、イーストや膨張剤に頼らない古式ゆかしい製法を貫いている。数日間かけて麹ともち米を寝かせ、甘酒を作るところから始まる。その日の気温や湿度に合わせて発酵を見極める生地は、まさに「生き物」である。蒸したての饅頭を頬張れば、糀特有の甘酸っぱい香りと、もっちりとした力強い弾力が口いっぱいに広がる。中に包まれた小豆の自家製餡は、上品な甘さで生地の風味を引き立てる。店頭のレトロな温蔵庫の中で、ホカホカと温められた状態で提供されるのも、昔ながらの風景である。 酒饅頭以外にも本わらび餅など、この店には歴史と技術が凝縮された季節を彩る銘菓が揃っている。高岡福信は、豊臣の時代から現代へと400年以上続く、大阪の「食」の根底を支える文化財そのものと言えるだろう。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区道修町4丁目5−23
アクセス:OsakaMetro御堂筋線淀屋橋駅から徒歩2分
高層ビルが立ち並び、足早にビジネスパーソンが行き交う大阪・淀屋橋エリア。その一角に、時間が止まったかのような長屋が現れる。そこには1950年代から続く静謐な空間、「喫茶リスボン」が姿を現す。ここは、半世紀以上の時を刻んできた、大阪を代表する純喫茶の一つである。 喫茶リスボンの創業は1959年(昭和34年)。高度経済成長の幕開けとともに、この地で産声を上げた。店内に一歩足を踏み入れれば、そこは外界とは別世界の、深い琥珀色の空気に満たされている。強いて言えば、店内は昭和のjazzバーのような雰囲気だ。飴色に変化した木製の壁板、不揃いな角材の竿天井、そして控えめな照明。そのすべてが、かつての「サロン」としての風格を漂わせている。穏やかなクラシック音楽が流れる中、新聞を片手にコーヒーを啜る人々の姿は、創業当時から変わらぬリスボンの日常風景である。 リスボンの朝を彩るのは、シンプルながらも妥協のないモーニングサービスである。多くのファンを惹きつけてやまないのが、絶妙な厚さで焼かれたトーストに乗るハムエッグだ。外はサクッと、中は驚くほどふんわりとした食感で、あらかじめ6等分にカットされたハムエッグと、添えられたマヨネーズが食欲をそそる。これに深いコクのあるコーヒーがセットになり、至福の朝を演出する。 淀屋橋というビジネス街のど真ん中にありながら、ここには不思議と「急かされる感覚」がない。それは単にテーブルや席の広さに余裕があるという物理的な理由だけではなさそうだ。2026年現在もなお、この空間が失われずに残っていることは、大阪という街が持つ文化的な厚みの象徴と言っても過言ではない。流行に流されず、ただ誠実に一杯のコーヒーを供し続けるリスボンの姿勢は、訪れる者の心に深い安らぎを与え続けているのである。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区道修町3丁目2-1
アクセス:OsakaMetro淀屋橋駅から徒歩約6分
大阪・谷町六丁目の坂道に沿って広がる「空堀(からほり)商店街」。戦火を免れた古い長屋や路地が入り組むこの界隈で、明治から続く伝統の味を守り続けているのが「岡田屋 本店」である。ここは、商店街の豆腐店という枠を超え、街の食卓を支え続ける「地域の台所」である。岡田屋本店の創業は明治42年(1909年)、現在は4代目だという。100年をゆうに超える歴史を持つ、大阪でも指折りの老舗豆腐店だ。 空堀商店街は、かつて豊臣秀吉が築いた大坂城の「外堀(空堀)」の跡地に形成された街であり、岡田屋はその歴史の変遷を店先から見守り続けてきた。近代的なスーパーが増えた現代においても、朝早くから豆腐を作る職人の姿と、店主との会話を楽しみながら買い求める客の姿は、この街の象徴的な日常風景となっている。 岡田屋の豆腐が長年愛される理由は、その妥協のない素材選びにある。厳選された国産大豆と、甘みを引き立てるカナダ産大豆を独自の比率でブレンド。風味豊かで、喉越しの良い豆腐を生み出している。人気の「吟撰絹ごし」などは天然にがりを使用しており、大豆本来の甘みが凝縮されている。その品質の高さは、大阪・北新地の高級飲食店が「麻婆豆腐専用」として特注するほどであり、プロの料理人からも絶大な信頼を寄せられている。 店先のショーケースには、できたての豆腐とともに、食欲をそそる「揚げもの」が所狭しと並んでいる。香ばしく揚げられた表面と、中のしっとりとした豆腐のコントラストが絶妙である。そのまま生姜醤油で食せば、晩酌の最高のアテとなる。豆腐店ならではの技術が活きた練り物や揚げものは、煮物にしても出汁をよく吸い、家庭の味を一段引き上げてくれる。 岡田屋 本店は、時代の波に洗われながらも、変わらぬ製法と「買いやすい価格で提供したい」という店主の想いを守り続けている。空堀の坂道を歩き、ふと漂う大豆の香りに誘われて店に立ち寄る。そこには、温かな「大阪の情緒」が確かに息づいているのである。※2026年1月時点の情報です。(かの)
住所:大阪市中央区谷町6-4-16
アクセス:OsakaMetro谷町線・長堀鶴見緑地線「谷町六丁目駅」から徒歩約3分
「大阪本家駿河屋」は、室町時代に始まる駿河屋の流れを汲む羊羹の老舗だ。天保八年(1837年)、紀州徳川家御用菓子司であった総本家の三男・岡本善三郎が、大坂・船場淡路町で分家として創業。以来180年以上、商都の旦那衆に愛される格式高い和菓子を届けてきた。 その伝統を支えるのは、「素材にかなう技術はない」という職人哲学。北海道産の大納言小豆や最高級の寒天など、選び抜いた素材を自家製餡で仕上げることにこだわる。江戸時代、大坂城御用菓子司として仕えてきた際に使われた、代々受け継がれる手書きの「菓子見本帳」には、季節の意匠や歴代の菓子が美しく描かれ、職人たちの知恵と美意識が息づいている。効率よりも本質を、流行よりも誠実さを選ぶ姿勢が、駿河屋の味を“文化”として今に伝えている。 そして2021年、六代目当主・岡本全晃氏のもとで誕生した新ブランド〈駿 surugaya〉が、伝統を未来へとつなぐ新たな一歩となった。洗練されたスタイリッシュな空間に並ぶ看板商品の「善三郎羊羹」や「どら焼き」は、長く培った技をベースに現代の感性を加えた逸品だ。スティックタイプの「小形羊羹」には、抹茶ピスタチや瀬戸田レモンなど個性的な味も並ぶ。伝統を守るだけでなく、“進化させて伝える”という理念のもと、古くて新しい羊羹の姿を世界に発信している。室町から令和へ、その一棹には五世紀の時を超えて受け継がれる日本の美意識が練り込まれている。※これは2025年12月現在の情報です。(G.I)
住所:⼤阪市北区紅梅町2-17〈駿 surugaya南森町本店〉
アクセス:大阪メトロ堺筋線南森町駅から徒歩約5分、JR東西線大阪天満宮駅から徒歩約5分
https://o-surugaya.shop/
大阪・天満橋に本店を構える「永田昆布」は、明治六年(1873年)創業の老舗であり、昆布文化の真髄を今に伝える名店である。大阪商人の粋と誠実な職人仕事が息づくこの店では、選び抜かれた北海道産昆布を使い、旨味と香りを最大限に引き出す加工技術に磨きをかけ続けている。
住所:大阪市中央区天満橋京町2-10
アクセス:京阪・地下鉄 天満橋駅からすぐ
https://www.nagatayakonbu.jp/
今や世界中で愛飲されているアサヒビールのルーツは、明治の大阪にある。まだ輸入ビールが多かった1889年、鳥井駒吉や外山脩造らによって「大阪麦酒(ビール)会社」が創立された。これこそが現在のアサヒビールの前身だ。 1891年には大阪府島下郡吹田村(現在の吹田市西の庄町)に吹田村醸造所が完成。その翌年、アサヒビールが発売された。その名には「日出ずる国に生まれたビールであることへの誇り」と、「昇る朝日のごとき将来性、発展性」を願う創業者たちの熱い思いが込められている。 その思いが実を結び、1900年にはパリ万国博覧会で最優等賞を受賞。さらに、日本初の熱処理を施さない瓶詰生ビール「アサヒ生ビール」を発売するなど、品質へのこだわりと技術革新を重ねながら、着実に成長を遂げていった。 1906年には「大阪麦酒株式会社」「日本麦酒株式会社」「札幌麦酒株式会社」の三社が合併して「大日本麦酒株式会社」が発足。さらに戦後、過度経済力集中排除法により、この大日本麦酒株式会社が2つの会社に分割され、朝日麦酒株式会社が誕生した。第三の創業ともいえるこの転機を経て、さらに革新への歩みを加速させていく。 1958年には、日本初の缶容器入りビール「アサヒゴールド」を発売。そして、1987年に登場したのが、世界初の辛口ビール「アサヒスーパードライ」だ。1998年には、日本のビール市場でシェア首位の座を獲得するなど躍進を続けている。 創業の地である大阪・吹田にあるアサヒビールミュージアムでは、“記憶に残る最高の一杯に出会える場所”をコンセプトに、来館者一人ひとりに合う飲み物を最高の状態で提供している。革新を積み重ねてきた同社の歴史にふれたあとに味わう一杯は、明治から続く作り手の思いを感じさせてくれるだろう。 ※これは2025年12月現在の情報です。(A. U)
住所:吹田市西の庄町1-45
アクセス:JR京都線吹田駅から徒歩約10分、阪急千里線吹田駅から徒歩約10分
https://www.asahibeer.co.jp/brewery/suita/
堺の地で200余年の時を刻む老舗、八百源来弘堂。その代表銘菓である「肉桂餅」の歴史は、訪れる人々を、かつて南蛮貿易で栄華を極めた華やかな堺へと誘う。 時は安土桃山時代。「黄金のジパング」と称されたこの国際貿易都市で、香料・香木を扱う貿易商人・八百屋宗源は活躍していた。中国やルソンといった南方諸国から数百種もの香料を輸入し、日本中に流通させていた宗源。その中にあった「肉桂(ニッキ)」、すなわちシナモンは、香り高く珍重された一方で、辛味や苦味が強く、子供や婦人には受け入れられにくいという難点があった。 胃薬や風邪薬の生薬としても用いられたこの肉桂を、誰もが口にしやすいよう、宗源はつき上げた餅に混ぜることを考案。こうして生まれた、香りも味も素晴らしい餅こそが、「肉桂餅」の始まりと伝えられる。 時を経て、上方文化が花開いた元禄の太平の時代。宗源の子孫は、再び堺の地に菓子商を開く。先祖の名を継ぎ「八百源」と称した。家伝として伝わっていた肉桂餅を、初代は柔らかな求肥に肉桂を練り混ぜ、小豆のこし餡を包むという、新たな製法で世に送り出す。この新しさが評判を呼び、肉桂餅は時代と共に堺の町衆に愛される銘菓となっていった。 明治維新や太平洋戦争での堺の焦土化など、幾多の苦難を乗り越え、その伝統は現代へと受け継がれている。現在、6代目の当主を務めるのは岡田巧氏。小豆を炊く火加減や薪のくべ方など、祖父から菓子作りの真髄を受け継いだという。現在の「肉桂餅」は、ニッキの香りに癒やされる、滑らかな口あたりで上品なこしあんが特徴だ。ぜひ一度、その深遠な歴史が産んだ味わいを堪能していただきたい。 ※これは2025年10月現在の情報です。(A. U)
住所:堺市堺区車之町東2丁1-11
アクセス:阪堺電軌阪堺線花田口駅から徒歩約3分、南海本線堺駅・南海高野線堺東駅から徒歩約20分
https://yaogen.shop-pro.jp/
江戸時代の享保年間に創業した「本家 柴藤」は、300年以上の歴史を誇る淀屋橋のうなぎの名店である。創業当初は川魚商として将軍家にも魚を献上しており、八代将軍・徳川吉宗の勧めで、大阪城付近で屋形船から料理を提供する形で「柴藤」として料亭を開業したことに始まる。川の多い町で船上の食事は風流そのものであり、その情緒と技を引き継いで現在に至る。
住所:大阪市中央区高麗橋2-5-2
アクセス:大阪メトロ御堂筋線淀屋橋駅から徒歩約5分
http://www.shibato.net/
花外楼は、江戸時代後期にあたる1830年(天保元年)に創業された、長い歴史を持つ料亭である。特に、明治維新後の混乱期において、日本の行く末を決定づける重要な会議である「大阪会議」が開催された場所として、その名が広く知られている。
住所:大阪市中央区北浜1-1-14
アクセス:地下鉄堺筋線北浜駅・京阪北浜駅 すぐ
https://kagairo.co.jp/kitahama/
淀屋橋センタービルの1階には、塩昆布など上方の味を扱う「神宗」が手がける店舗がある。その店内に、1781年(天明元年)の創業当時の街並みが再現されている。北前船の時代、大坂・靭(うつぼ)に海産物問屋(三町問屋)を構えたことから始まった「神宗」。 外から見ると分からないが、大きなガラスの向こうには、時代劇に出てきそうな江戸時代の商家や町屋を思わせる造りが広がっている。現代的な高層ビルの中にあるのに不思議とミスマッチになっていない。 内装には、格子戸、漆喰壁など、和のレトロデザインが丁寧に再現され、古き良き大阪商人の街「船場(せんば)」文化の香りを色濃く残している。照明も間接照明中心で、古い喫茶店のような柔らかな明るさ。 この空間で、本格的なだしで味わう「にゅうめん」や「塩昆布の煮汁を使ったソフトクリーム」など、昆布の老舗を感じるメニューがいただける。 販売されている商品(昆布や佃煮など)のパッケージも、昔ながらの紙包みや和紙ラベルで仕上げられており、レトロ可愛いと評判だ。 レトロ好きな人、和の雰囲気に癒されたい人、大阪の歴史や食文化に触れたい人、さらに写真映えするカフェスポットを探している人にも勧めたいスポットだ。(かの)
住所:大阪市中央区高麗橋3丁目4番10号(淀屋橋センタービル1階)
アクセス:Osaka Metro御堂筋線「淀屋橋駅」8番出口から徒歩2~3分
https://kansou.co.jp/store/60/
一力総本店は、創業140年を誇る老舗和菓子店。どのお菓子も一つひとつ手間暇をかけて作られ、四季折々で楽しめる季節感が伝わってくる。伝統の味を伝える定番の和菓子はもちろん、季節のイベントごとの創作菓子もオススメ。子どもの日・母の日・父の日をはじめ、クリスマスやバレンタインなど、和菓子でお祝いしてみてはいかがだろう。 一力総本店を代表する銘菓の1つが、どらやき「一力じまん」。十勝産の大粒小豆や、北海道のブランド小麦「いざなみ」を使うなど、和菓子作りへのこだわりが感じられる逸品だ。ザラメで炊き上げた粒あんは、すっきりとした後味が人気。丁寧に焼き上げた皮の、ふんわり食感やしっとりした舌ざわりも、ぜひ楽しんでみてほしい。
住所:大阪府寝屋川市早子町19-11
アクセス:京阪本線 寝屋川市駅より徒歩2分
https://www.ichiriki1885.com/
総本家 釣鐘屋本舗の創業は、1900年(明治33年)。日本最古の仏教寺院の1つ、四天王寺に大梵鐘が奉納された記念に、釣鐘型のまんじゅうを焼き始めたのが始まりだ。以来、通天閣の近くで昔ながらの手作りを続け、老舗和菓子店として伝統の味を今に伝えている。 総本家 釣鐘屋本舗の名物は、釣鐘を模した「釣鐘まんじゅう」。上品な甘さのこしあんと、しっとり食感のカステラ生地が相性抜群だ。独自のバランスで練り上げた生地を、一昼夜寝かせるなどのこだわりも、おいしさの秘密。やさしい味わいが、子どもからお年寄りまで幅広く支持されている。
住所:大阪府大阪市浪速区恵美須東1-7-11
アクセス:地下鉄 恵美須町駅より徒歩5分
https://tsuriganeyahonpo.co.jp/
老舗和菓子店の末廣堂は、住吉大社御用達として歴史を刻んできた。地域の人々にも親しまれ、住吉大社を訪れる際に立ち寄る参拝者も多い。名物の「さつま焼」は、1911年(明治44年)の内国共産品博覧会で一等賞金牌を受賞した、伝統の銘菓である。 サツマイモを模した「さつま焼」は、末廣堂の代名詞。こんがりと色づいた秘伝の皮の中には、十勝小豆のこしあんが包まれている。1本1本を串に刺し、職人が丁寧に焼き上げる「さつま焼」。進物用の紙箱のほか、竹皮のかごも用意され、大切な方へのお土産にもオススメだ。
住所:大阪府大阪市住吉区東粉浜3-12-14
アクセス:阪堺電気鉄道 住吉駅より徒歩3分 、南海本線 住吉大社駅より徒歩6分
福壽堂秀信は、大阪・兵庫・奈良の有名百貨店にも出店する老舗和菓子店。地元の方に長く愛される帝塚山の本店前には、阪堺電車が走り、レトロな街並みも魅力だ。1948年(昭和23年)創業時からのこだわりは、丁寧なあん作り。良質な小豆を選別し、季節やその日の天候に配慮しながら炊き上げている。 福寿堂秀信の和菓子を口にすると、幸せな気持ちになり、自然と笑顔が広がる。「ふくふくふ」は、福壽堂秀信だけが作れる、唯一無二の和菓子。小麦粉と米粉をブレンドした生地にあんを練り込み、独自の技法で蒸し上げられている。ふっくら・しっとりとした食感と、繊細なあんの風味を楽しんでみてほしい。帝塚山本店には茶寮も設けられており、よく手入れのされた庭を眺めながら「ふくふくふ」が味わえる。“福が繰り返しいつまでも訪れる”意味を持つ銘菓で、口福に包まれてみてはいかがだろう。
住所:大阪市住吉区帝塚山東1-4-12
アクセス:阪堺電気鉄道 姫松駅より徒歩5分 、南海高野線 帝塚山駅より徒歩10分
https://fukujudo-hidenobu.co.jp/
千里万博公園にほど近い、吹田山田に本店を構える松竹堂。1889年(明治22年)から続く老舗で、美しいフルーツ餅が広く知られている。季節限定の桜餅・柏餅・月見団子などをはじめ、定番の和菓子など、お持たせやおやつにちょうどよいと、地元の方たちからも人気だ。 一度は口にしてほしい、看板商品の1つ「フルーツ餅」。最もおいしい旬の果物を使用し、カットから仕上げまで全て手作業で作っている。「菓子は、食べる美味しさと、目で見る楽しさ」を企業理念に掲げる松竹堂では、味はもちろん、見た目の美しさにもこだわりが。箱を開けたときの感動は、「フルーツ餅」ならではの貴重な体験だ。
住所:大阪府吹田市山田東2-36-2
アクセス:大阪モノレール線・大阪モノレール彩都線 万博記念公園駅より徒歩18分、阪急千里線 山田駅より徒歩19分
https://www.fruitmoti-shoutikudou.jp/
かん袋の始まりは、1329年(元徳元年)の鎌倉時代にまでさかのぼる。 ご紹介している和菓子店の中で最も古く、商号は豊臣秀吉から名づけられたなど、歴史に彩られた老舗だ。「くるみ餅」ができたのは、室町時代の中頃。木の実のクルミとは関係がなく、あんで餅をくるんで食べるのが名前の由来である。青大豆で作る奥深い甘さのあんと、ひと口サイズのやわらかな餅は、一度食べるとまた食べたくなる味。イートインもでき、かき氷をのせた「氷くるみ餅」も人気だ。
住所:大阪府堺市堺区新在家町東1丁2-1
アクセス:阪堺電気鉄 道寺地町より徒歩2分
https://kanbukuro.co.jp/
1532年(天文元年)創業の本家小嶋は、室町時代から続く老舗中の老舗。堺市は千利休屋敷跡の近くにひっそりと佇んでいるにもかかわらず、地元の常連客や遠方からわざわざ訪れる方が後を絶たない。添加物を一切使用せず、創業から変わらない味で多くのファンを持つ「芥子餅(けしもち)」。 千利休からも好まれていた、伝統の銘菓だ。 芥子のプチプチとした歯触りが楽しく、ほんのり甘いこしあんとやわらかな求肥で、幸福感が高まる。硬くなっても、遠火であぶればやわらかくなり、より香ばしくいただける。
住所:大阪府堺市堺区大町西1丁2-21
アクセス:阪堺電気鉄道 宿院より徒歩2分、南海本線 堺駅より徒歩15分
https://www.honkekojima.com/
1877年(明治10年)創業の廣井堂は、西大橋駅の近く、新町に店を構える老舗和菓子店。 かつて遊郭があった街にあり、店の正面に掲げられた看板が、当時の雰囲気を厳かにたたえている。 廣井堂の「夕霧もなか」は、手間暇かけて作る粒あんが自慢。 北海道産小豆をゆで、一晩蜜漬けして炊き上げており、あっさりとした甘さが後を引く。 注文を受けてから、もなか種に合わせてくれるのも人気の理由だ。 「夕霧もなか」の由来は、新町が花街だった頃の夕霧大夫。 才色兼備だった夕霧大夫にちなんで名付けられた。
住所:大阪府大阪市西区新町1-17-8 ハイネス新町公園1F
アクセス:長堀鶴見緑地線 西大橋駅より徒歩5分
https://www.osaka-hiroido.com/
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大阪市内は「ミナミ」と呼ばれる難波・心斎橋周辺と、「キタ」と呼ばれる梅田周辺が、最も賑わう2大繁華街。夕刻が近づくとあちこちで明るいネオンがまたたき、「大阪の夜はこれからやで~」と呼び掛けてくれる。どこも激戦区なのでそれぞれに個性的な趣向を凝らしたスポットが目白押しなので、気に入ったお店へ足を運んでみてくださいね。

大阪と京都の県境に位置する北摂・三島は、日本史のターニングポイントと深くかかわる足跡を数多く残しています。平安後期から鎌倉を経て南北朝時代まで、それは貴族から武士へ、朝廷から幕府へと権力が大きくシフトする時代を象徴する場所でもありました。その時代に重要な役割を果たした後鳥羽上皇や楠木正成にまつわる史跡はドラマティックで特に興味深いものです。歴史のタイムトンネルをくぐって、隠れた名所を訪れてみませんか?

普段は何気なく通り過ぎてしまいがちな、道端のマンホール。フタにその町を象徴するシンボルや名所、キャラクター、アートなどを描いたり、いくつものデザインや色違いを制作している自治体も。そんなデザインマンホールのフタの写真やデザインの由来などが載ったコレクションカード「マンホールカード」は、府内だけで50種類以上配布中。小さな円にぎゅっと詰まった物語を見て、感じて、味わって!

大阪市に隣接する門真と守口。大阪の産業を支える東大阪工業地帯の中心地区ともいわれ、パナソニックグループをはじめ、さまざまな企業の本社や工場が集まる、ものづくりの街です。さらに、近年注目される「クールジャパン」のコンテンツのひとつであるフィギュアメーカー・海洋堂も本社を構えています。まさに色々な分野のものづくり文化が発信される下町へ、少し足を伸ばしてみませんか。

まるでそこだけ時が止まっているかのように、往時の姿を留めるレトロ建築。近代的な建物が建ち並ぶ大阪にも、そんなレトロ建築がそこかしこに残っています。店舗やオフィスなどとして今なお使われ続けている建物の中には、文化財に指定されたものも。施された美と技、漂う風格、そして刻まれた歴史を愛でに、出かけてみませんか。

銀杏や藤、瓢箪に桜など、花と緑に親しめる場所の多い大阪。その中でも、植物そのものに歴史やストーリーがあったり、古くから人々に大切に育てられている草花も少なくありません。季節を感じ自然に親しむ、歴史を散歩に出かけませんか?

うどんといえば香川のイメージが強いですが、大阪人もうどんが大好き!甘いお揚げがのった「きつねうどん」や、“油かす”といわれる牛ホルモンをトッピングした「かすうどん」など、名物うどんがたくさんあります。讃岐うどんとは一味違う、大阪のおうどん。ぜひ味わってみてください。

交野近辺は万葉集の時代から「交野ケ原」と呼ばれて数々の歌に詠まれ、愛されてきました。その後も風光明媚な自然や神聖な山岳の修行場を求めて、人々が行き交い、多くの不思議な伝説が生まれ、今も語り継がれています。今回は、交野のシンボルともいえる「交野山(こうのさん)」を中心に、その魅力に迫ります。一気に山頂を目指すもよし、山中の自然を満喫するもよし、まずはぜひ足を運んでみてください。

飛鳥時代に聖徳太子が建立した寺社や、江戸時代に大人気だったレジャースポット・新清水、今なお昭和の風情を色濃く残す阪和商店街など、いろいろな時代を体感できる・天王寺。四天王寺の縁日には骨董市も開かれ、より一層賑わいます。不思議な魅力あふれる路地裏まで足を伸ばして、1日タイムスリップしてみませんか?

大阪と京都のちょうど真ん中あたりに位置する高槻市。造り酒屋や社寺、宿場町として栄えた面影を残したエリアです。そんな北摂随一の昔町を、ゆっくりのんびりと歩きながら、歴史に思いを馳せてみませんか。

阪堺電車は、浪花のシンボル、通天閣とあべのハルカスの足元にある2つの始発駅から出発する路面電車。まっすぐ南下して、住吉大社の手前で一筋になり、ゆっくりと大和川を渡れば、歴史・文化の宝庫、堺です。気の向くままに途中下車して、江戸の風情、明治モダン、大正ロマンを満喫してください。

直径36mmの消印の中に名所や名物がギュッと描かれた「風景印」。旅先から友人へ、旅の思い出をしたためて自宅へ、こんなスタンプが押されたはがきが届くと、きっと楽しい気分になるはず。住吉なら太鼓橋に阪堺電車、東大阪なら花園ラグビー場などなど、郷土愛たっぷりの素敵な風景印の世界を覗いてみませんか?

和泉という地名は、伝説の女王 神功皇后が立ち寄った際、いきなり泉が湧き出したことに由来するそう。古代から稲作と祭礼が営まれ、数々の伝説を生み、中世以降は熊野詣、伊勢詣の参詣道としても栄え、綿織物、ガラス玉など製造も盛んになります。そして現在も豊かに湧き続ける文化の泉に触れてみませんか?

大阪市中央区の道修町は、江戸時代から薬種問屋が軒を連ね、現在も製薬会社の本支店がある「くすりのまち」として知られています。日本の医薬品産業発祥の地を歩いて、漢方薬としても扱われる肉桂(シナモン)や丁子(グローブ)などスパイスのパワーを体感しましょう!


























