- TOP
- おすすめ特集


いついつ出やる?太閤さんの大坂城
OSAKA CASTLE

大阪観光のド定番中のド定番、大阪のシンボルたる「大阪城」。「太閤さんのお城」と言われるとおり、豊臣秀吉が最初に建てたものの現在見ることができる天守閣は、実は三代目。では「太閤さんのお城」はどうなったのか?二代目は誰が建てたのか?その答えを知っていれば、大阪城を見るポイントも変わってくるはず。ド定番のスポットだからこそ、複雑にからむ歴史に注目して大阪城を楽しんでみませんか。
Spot おすすめスポット
スポット 13件
■Vol.1 <大阪城クロニクル> 大阪城の知られざる歴史を紐解いてみませんか?この地は古代の首都「難波宮」、 宗教要塞「石山本願寺」の跡地でもあります。豊臣秀吉と徳川家康が覇権を争った舞台は、 度重なる焼失と戦争を乗り越え、市民の力で平和のシンボルとして再建されました。 幾重にも重なる壮大な歴史の物語へご案内します。
住所:大阪市中央区大阪城1-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅
https://www.osakacastle.net/
鯱(しゃちほこ)に、獲物を狙う伏虎(ふくこ)、家紋など、金色の装飾で飾られる大阪城。天下人・豊臣秀吉が建てただけある!と思わせる贅沢な様やけど、実は秀吉が建てたものはほとんど土の下にあんねん。ちゅーのも、大坂夏の陣で落城してしもて、徳川秀忠によって再築されたのは、まったくの別物。しかもその約40年後、天守閣は落雷で焼失してしもて…。そんな天守閣が秀吉の築城した姿でよみがえったのは、昭和初期のこと。「太閤はんのお城」を熱望した市民の声と寄付金の結果やと思うと、大阪人の秀吉へのリスペクトの高さが感じられるなぁ。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城1-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅、京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線谷町四丁目駅、天満橋駅、Osaka Metro中央線谷町四丁目駅、森ノ宮駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅、森ノ宮駅から徒歩約15~20分
https://www.osakacastle.net/
総延長約12キロメートルに及ぶ石垣は、約100万個の花崗岩を材料に、当時の最高の技術をもって造られたんや。どうやって運んだのか不思議に思うような巨大な石もあるなかで、城内一の大きさとされるのが、通称「蛸石」や。徳川による再建時、本丸の正面入口を守るため、石垣で直角に囲われた枡形という場所に置かれたひとつ。その名の由来は、雨が降ると、石の表面に蛸の姿が浮かび上がる、というものやけど、現在そないな現象は見られへんのがミステリアス。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城1-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅、京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線谷町四丁目駅、天満橋駅、Osaka Metro中央線谷町四丁目駅、森ノ宮駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅、森ノ宮駅から徒歩約15~20分
https://www.osakacastlepark.jp/
大手門をくぐると見えるのが、巨大な石が使われた石垣と白壁の続櫓(つづきやぐら)。多聞櫓の一部で、そのまま道なりに進むと、大門のある渡櫓(わたりやぐら)があって、続櫓とつながっているのがわかるで。多聞櫓は、徳川家が大阪城を再建したときに建てられたもの。かつては京橋口や玉造口にもあったらしいんやけど、現存するのはここだけ。門の上には敵を狙い撃つ窓のほか、門の下をくぐる敵に槍を落とせる仕掛けも。なかなかの防御力の高さゆえに、通りすぎるのもドキドキするで。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城1-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅、京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線谷町四丁目駅、天満橋駅、Osaka Metro中央線谷町四丁目駅、森ノ宮駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅、森ノ宮駅から徒歩約15~20分
https://www.osakacastlepark.jp/articles/detail.html?id=54&lang=ja
城マニアの方なら、「刻印石」と聞くとピンとくるんとちゃうやろか。「刻印石」とは石垣を建設する際に、文字や文様など目印が刻まれた石のことで、日本各地のお城でも見つけられるもの。ちなみに大阪城の刻印が示すのは、江戸幕府から石垣築城の命令を受けた、西日本の64藩の諸大名たちの家紋など。「刻印石広場」は、昭和58年に築城400年の記念として造られ、出土したエリアごとに約80個の刻印石が展示されんねん。家紋の説明板があるけど、一部不明なものや、時の流れで読みづらくなっているのもあってミステリアスやで。 ※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城1-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅、京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線谷町四丁目駅、天満橋駅、Osaka Metro中央線谷町四丁目駅、森ノ宮駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅、森ノ宮駅から徒歩約15~20分
https://www.osakacastlepark.jp/
大阪城天守閣前の広場に、直径約3メートルのフタがかぶさった井戸があるのを知っとりまっか?実は、昭和34年の大坂城総合学術調査時に発見された石垣が隠されてるんやで。これは、徳川の大坂城が築かれた際に覆われてしまった秀吉の大坂城の遺構。地上にある徳川時代の石垣が隙間なく積まれるのに対し、自然の石を加工せず積み上げられていて、明らかな違いがみてとれるで。イベント時に公開されてるんやけど、常時公開できるよう、展示施設の準備が進行中なんやで。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城1−1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅、京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線谷町四丁目駅、天満橋駅(3番出口)、Osaka Metro中央線谷町四丁目駅、森ノ宮駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅、森ノ宮駅から徒歩約15~20分
https://www.osakacastlepark.jp/
17世紀、オランダ東インド会社により、日本から屏風がぎょうさん輸出されたんやて。そのひとつが、オーストリアのエッゲンベルク城博物館で発見された「豊臣期大坂図屏風」で、秀吉も乗っていたという御座船「鳳凰丸」も描かれてんねん。「大阪城御座船」では、当時の秀吉が楽しんだであろう船遊びを体験できるんや。黄金をこよなく愛した秀吉。船には金箔が多用されていて、内堀を悠々と進む姿は燦然と輝いているで。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城2(乗り場)
アクセス:JR環状線大阪城公園駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅から徒歩約10分
https://www.banpr.co.jp/大阪城御座船
大阪城北側に残る内堀を、約20分かけて遊覧する「大阪城御座船」。水上から四季折々の風景が楽しめるほか、地上とはまた違った角度で天守閣をのぞめるんや。また、内堀の石垣には、建設に携わった大名たちの刻印が刻まれていたり、魔除けのためにはめこまられたという人面石もあったりと、大阪城の歴史を感じられるものも。船頭さんが巧みに船を操ってくれるから、石垣の間近に迫ることができるんもポイントやで。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城2(乗り場)
アクセス:JR環状線大阪城公園駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅から徒歩約10分
https://www.banpr.co.jp/大阪城御座船
大阪城公園は、「掘ると何か出てくる」らしいんやけど、公園の外からも遺構が発掘されたのがこちら。平成元年、大阪府立男女共同参画・青少年センター(通称:ドーンセンター)建設に伴う発掘調査により、豊臣時代の大阪城三の丸の石垣が発見され、晴れて日の目を見ることに。上部は崩れていたものの移築復元され、ドーンセンターを守るかのように置かれてんねん。現在の大阪城の石垣とは異なり、自然石がそのまま積まれた「野面積」という積み方なのが豊臣時代の石垣の証。名残を探しに足を運んでみいひんか。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大手前1丁目3−49
アクセス:京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線天満橋から徒歩5分
https://www.dawncenter.jp/
大阪城公園内の桜門前近くに鎮座する豊國神社。豊臣秀吉をはじめ、息子の秀頼(ひでより)、弟の秀長(ひでなが)を祀っていて、足軽から天下人にまでかけのぼった秀吉らしい出世開運のご利益があんねん。秀吉は死後、豊国乃大明神(とよくにだいみょうじん)として、京都の豊国神社で祀られるも、豊臣家滅亡後に神社は廃絶。再興されたのは、徳川の世が終わった明治のこと。京都の豊国神社の別社として、ゆかりの地である大阪にも神社が建てられることになったのが、この神社の始まりやねん。鳥居をくぐるとすぐ見える秀吉像とともに、記念撮影をする参拝者の足が途絶えまへん。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城2-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮駅、長堀鶴見緑地線森ノ宮駅、Osaka Metro谷町線・中央線谷町四丁目駅から徒歩13分
https://www.osaka-hokokujinja.org/
昭和6年、陸軍第四師団司令部庁舎が、大阪城天守閣の復興に伴って整備された公園に建てられてん。この建物をリノベーションしたのが、レストランやお土産処などが入る複合施設「ミライザ大阪城」。リノベーションと言っても、建築当時の趣はそのまんま。建物の上部隅の小塔(タレット)や正面玄関の半円アーチなど、ロマネスク建築の特徴は残されてんねん。さらに、細かな溝が刻まれる外壁のスクラッチタイルも損傷部分は新しくタイルを焼いて、貼り直すなど丁寧に補修。昔の雰囲気のまま時の流れを感じさせへん建物を見て回るだけで、ノスタルジックな気分になれるで。※これは2022年11月現在の情報です。
住所:大阪市中央区大阪城1-1
アクセス:JR大阪環状線森ノ宮、大阪城公園駅、京阪本線天満橋駅、Osaka Metro谷町線谷町四丁目駅、天満橋駅、Osaka Metro中央線谷町四丁目駅、森ノ宮駅、Osaka Metro長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅、森ノ宮駅から徒歩約15分
https://miraiza.jp/
大阪・梅田の繁華街からほど近い北区太融寺町。その地名の由来となった太融寺は、1200年以上の歴史を刻み、かつては「新義真言宗」の拠点として広大な寺域を誇った名刹である。ここは、平安の雅と戦国の悲劇、そして近代日本の黎明が交差する、大阪でも稀有な歴史の集積地である。 太融寺の創建は平安時代の弘仁12年(821年)に遡る。弘法大師・空海が嵯峨天皇の勅願により創建したと伝えられている。本尊の千手観世音菩薩(市指定有形文化財)は、嵯峨天皇の念持仏(身近に置いて拝む仏像)を下賜されたものという由緒を持つ。嵯峨天皇の皇子であり、光源氏のモデルの一人とされる源融がこの地に山荘を営み、没後にその跡地へ壮大な伽藍を整備した。西門に立つ「源融公之旧蹟」の碑は、この地が平安貴族の美意識に彩られていた証である。 境内西北の静かな一角には、ひっそりと佇む六輪の石塔がある。これが豊臣秀吉の側室、淀殿(茶々)の墓である。慶長20年(1615年)、大坂夏の陣で豊臣秀頼とともに自刃した淀殿の遺骨は、当初は大坂城外の弁天島(現在の大阪ビジネスパーク付近)に祀られていた。しかし明治10年(1877年)、軍の施設(城東練兵場)建設に伴い、豊臣家と縁の深いこの太融寺へ移されたのである。本来は九輪の塔であったが、大阪大空襲の戦災により損傷し、現在は六輪となっている。命日である5月8日には、彼女の故郷である滋賀県・長浜から多くの人々が参詣に訪れ、今なおその波乱万丈の生涯に思いを馳せる場所となっている。 また明治13年(1880年)、この寺で「第四回愛国社大会」が開催され、日本初の国会開設運動の全国組織となる「国会期成同盟」が結成された。境内にはその発祥を記念する碑が建っており、日本の民主主義の歩みを知る上でも重要な場所である。太融寺は「おおさか十三仏霊場」の第8番目で、「なにわ七幸めぐり」のうち無病息災のご利益のあるパワースポットとしても知られている。
住所:大阪市北区太融寺町3-7
アクセス:JR大阪駅・阪急梅田駅・OsakaMetro谷町線東梅田駅から徒歩約6分
http://www.taiyuji.com/
鴫野と今福は、大坂城の東側を守っていた砦。この2つの砦を陥落しなければ、本格的に大坂城を攻められなかったため、家康は上杉景勝と佐竹義宣に攻略を命令した。 上杉景勝が本陣を構えたのは、鴫野にある「八劔(やつるぎ)神社」の境内。八劔神社の境内には、本陣跡を示す石碑がひっそりと立てられている。 JRの高架線やにぎやかな商店街がすぐそばに広がるにもかかわらず、その境内に足を踏み入れると、都会の喧騒がまるで遠い世界の出来事のように感じられる静けさが漂っている。まるで、時がゆっくりと流れ、心が穏やかに溶け込むような特別な空間。 一方、佐竹義宣が本陣を構えたのは、蒲生にある「若宮八幡大神宮」の境内。こちらは鳥居横の目立つ場所に、本陣跡を示す石碑が堂々たる姿で立っている。 民家が立ち並ぶ景色の中、境内の敷居をまたぐ瞬間、まるで別世界への扉を開けたかのように、穏やかな空気が心に染みわたる。街の喧騒が遠ざかり、静寂が深く息づく特別な場所へと誘われている感じがする。 大坂冬の陣・夏の陣の足跡は、遠い歴史の中だけにあるのではない。今回ご紹介したように、大阪市内の住宅地や公園の片隅に、当時の激戦を物語る碑や解説板が、ひっそりと残されている。日常の風景の中に隠された戦国の痕跡を探す旅は、きっと歴史への新たな扉を開いてくれるはず。こんな豊臣家の歴史を感じられる場所で、戦国時代の足跡を辿りながら、過去のドラマに想いを馳せてみませんか? ※これは2025年5月現在の情報です。 ・出典:吉村区長の城東見聞録 「大坂冬の陣」 (https://www.city.osaka.lg.jp/joto/page/0000638076.html) ・出典:わくわく城東No.25「すぐわかる!大坂の陣」(https://www.city.osaka.lg.jp/joto/cmsfiles/contents/0000221/221657/wakuwaku25(1-4).pdf)
住所:八劔神社&鴫野古戦場碑:大阪市城東区鴫野東3
アクセス:八劔神社:大大阪メトロ今里筋線・JR学研都市線・大阪東線鴫野駅から徒歩6分
他のプランを探す

大阪には、長い歴史を持つ老舗の商いが数多く存在します。これらの老舗は、長年地元の人々に愛され、大阪の文化を支え、今も誰かの日常を支えている商いがあります。変わること、変えないこと、その両方を見極めながら、「ほんまもん」の価値を静かに守り続ける老舗たち。この特集では、大阪各地に根づく、ジャンルを問わない老舗を訪ねます。

大阪市内は「ミナミ」と呼ばれる難波・心斎橋周辺と、「キタ」と呼ばれる梅田周辺が、最も賑わう2大繁華街。夕刻が近づくとあちこちで明るいネオンがまたたき、「大阪の夜はこれからやで~」と呼び掛けてくれる。どこも激戦区なのでそれぞれに個性的な趣向を凝らしたスポットが目白押しなので、気に入ったお店へ足を運んでみてくださいね。

大阪と京都の県境に位置する北摂・三島は、日本史のターニングポイントと深くかかわる足跡を数多く残しています。平安後期から鎌倉を経て南北朝時代まで、それは貴族から武士へ、朝廷から幕府へと権力が大きくシフトする時代を象徴する場所でもありました。その時代に重要な役割を果たした後鳥羽上皇や楠木正成にまつわる史跡はドラマティックで特に興味深いものです。歴史のタイムトンネルをくぐって、隠れた名所を訪れてみませんか?

普段は何気なく通り過ぎてしまいがちな、道端のマンホール。フタにその町を象徴するシンボルや名所、キャラクター、アートなどを描いたり、いくつものデザインや色違いを制作している自治体も。そんなデザインマンホールのフタの写真やデザインの由来などが載ったコレクションカード「マンホールカード」は、府内だけで50種類以上配布中。小さな円にぎゅっと詰まった物語を見て、感じて、味わって!

大阪市に隣接する門真と守口。大阪の産業を支える東大阪工業地帯の中心地区ともいわれ、パナソニックグループをはじめ、さまざまな企業の本社や工場が集まる、ものづくりの街です。さらに、近年注目される「クールジャパン」のコンテンツのひとつであるフィギュアメーカー・海洋堂も本社を構えています。まさに色々な分野のものづくり文化が発信される下町へ、少し足を伸ばしてみませんか。

まるでそこだけ時が止まっているかのように、往時の姿を留めるレトロ建築。近代的な建物が建ち並ぶ大阪にも、そんなレトロ建築がそこかしこに残っています。店舗やオフィスなどとして今なお使われ続けている建物の中には、文化財に指定されたものも。施された美と技、漂う風格、そして刻まれた歴史を愛でに、出かけてみませんか。

銀杏や藤、瓢箪に桜など、花と緑に親しめる場所の多い大阪。その中でも、植物そのものに歴史やストーリーがあったり、古くから人々に大切に育てられている草花も少なくありません。季節を感じ自然に親しむ、歴史を散歩に出かけませんか?

うどんといえば香川のイメージが強いですが、大阪人もうどんが大好き!甘いお揚げがのった「きつねうどん」や、“油かす”といわれる牛ホルモンをトッピングした「かすうどん」など、名物うどんがたくさんあります。讃岐うどんとは一味違う、大阪のおうどん。ぜひ味わってみてください。

交野近辺は万葉集の時代から「交野ケ原」と呼ばれて数々の歌に詠まれ、愛されてきました。その後も風光明媚な自然や神聖な山岳の修行場を求めて、人々が行き交い、多くの不思議な伝説が生まれ、今も語り継がれています。今回は、交野のシンボルともいえる「交野山(こうのさん)」を中心に、その魅力に迫ります。一気に山頂を目指すもよし、山中の自然を満喫するもよし、まずはぜひ足を運んでみてください。

飛鳥時代に聖徳太子が建立した寺社や、江戸時代に大人気だったレジャースポット・新清水、今なお昭和の風情を色濃く残す阪和商店街など、いろいろな時代を体感できる・天王寺。四天王寺の縁日には骨董市も開かれ、より一層賑わいます。不思議な魅力あふれる路地裏まで足を伸ばして、1日タイムスリップしてみませんか?

大阪と京都のちょうど真ん中あたりに位置する高槻市。造り酒屋や社寺、宿場町として栄えた面影を残したエリアです。そんな北摂随一の昔町を、ゆっくりのんびりと歩きながら、歴史に思いを馳せてみませんか。

阪堺電車は、浪花のシンボル、通天閣とあべのハルカスの足元にある2つの始発駅から出発する路面電車。まっすぐ南下して、住吉大社の手前で一筋になり、ゆっくりと大和川を渡れば、歴史・文化の宝庫、堺です。気の向くままに途中下車して、江戸の風情、明治モダン、大正ロマンを満喫してください。

直径36mmの消印の中に名所や名物がギュッと描かれた「風景印」。旅先から友人へ、旅の思い出をしたためて自宅へ、こんなスタンプが押されたはがきが届くと、きっと楽しい気分になるはず。住吉なら太鼓橋に阪堺電車、東大阪なら花園ラグビー場などなど、郷土愛たっぷりの素敵な風景印の世界を覗いてみませんか?

和泉という地名は、伝説の女王 神功皇后が立ち寄った際、いきなり泉が湧き出したことに由来するそう。古代から稲作と祭礼が営まれ、数々の伝説を生み、中世以降は熊野詣、伊勢詣の参詣道としても栄え、綿織物、ガラス玉など製造も盛んになります。そして現在も豊かに湧き続ける文化の泉に触れてみませんか?












