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あまみ温泉『南天苑』 大正2年に堺市に建築された有形文化財 “幻の建築”と評される由緒正しき温泉旅館
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建築物にも“奇跡”ってのがあると思う。そう感じさせてくれた理由は、この『南天苑』の運命的な歴史物語。実はこの旅館の建物、大正2年に大阪府堺市で、温浴施設の別館として建築されたものなんや。
建築したのは、巨匠・辰野金吾氏。建築に詳しい人にとっては神様みたいな存在の方なんだとか。それが昭和9年、室戸台風で浸水被害に遭って多大な損害を被った。
そんなとき、たまたま南海電鉄が温泉復興の開発にのりだしたということがあって、「それならば」とこの別館をそのまんま、今の河内天野市の今の場所へ移築したんやって。
そうまでしてでも後世に残したいほどの立派な建築物やったってことやなぁ。その後、第二次世界大戦で、堺市に残ったほうの本館は潰れてしまってんけど、河内長野に移築したほうの別館だけが、奇跡的に戦火を逃れて今に至ってるねん。
もし室戸台風がなかったら。もし河内長野に移築していなかったら。この旅館はこの世になかった。そう思うと建ってることが“奇跡”なんや。なんかゾクゾクするやろ?この“奇跡”に想いを込めて、ご主人も女将さんも、「古いところは残していく」ことにこだわってはる。
建物だけじゃない。置いている家具や装飾品はすべてご主人が趣味で集めた骨董品。それから四季折々の植物や花をあしらった見事な庭。部屋に飾られた生け花も、ロビーで出してくれるお茶の葉も、この庭から摘み取ってきたものを使ってるねんて。
これこそ、日本が世界に誇る、究極の“おもてなし”の心やなぁ。大阪の中心部から電車でおよそ1時間ほど。そこには、数々の運命を乗り越えた“奇跡の建築物”が、今を息づいている。※2024年2月現在の情報です。(I.R)
- 住所:河内長野市天見158
- アクセス:南海電鉄天見駅から徒歩1分
投稿されたコメント
- 投稿日:
- 2025-07-01 15:35:50
- 投稿者:
- 明治建築研究会
- 本文:
- 突然失礼します。参考までにTWを送らせていただきます。ご笑覧頂ければ幸いです。明治建築研究会。 河内長野市に移築されている歴史建築文化財登録の旅館・南天苑(大正2年旧大浜潮湯家族湯、辰野金吾博士らの設計)についての放送が25年6月29日。14時~15時テレビ大阪「もしマネ」で放映。当日放映される「もしマネ」の内容が少しわかれば有難いのですがよろしくお願いします!。明治建築研究会。 河内長野市に移築されている歴史建築・文化財登録の旅館・南天苑(大正2年旧大浜潮湯家族湯、辰野金吾らの設計)についての放送が25年6月29日14時~15時テレビ大阪「もしマネ」で放映されます。別件で与謝野晶子と同じ町で生まれた世界的な建築家・丹下健三についても取材のご検討をお願いします。 久しぶりに河内長野市に移築されている歴史建築文化財登録の旅館・南天苑(大正2年旧大浜潮湯家族湯、辰野金吾らの設計)についての放送が25年6月29日(日)14時~15時テレビ大阪「もしマネ」で放映されます。関心のある人は観ていただければ有難いです。よろしくお願いいたします。明治建築研究会。 RT・おとなの文化村天見温泉「南天苑」店主、山崎一弘。南天苑は河内長野市天見にありその本館は明治・大正時代の名建築家・辰野金吾の建築の中でも数少ない和風建築のひとつで戦前に堺から天見へ移築。戦後南天苑として創業。6月29日14時~15時テレビ大阪「もしマネ」で放映。関心のある人は観てね! RT・河内長野の山奥のポツンと一軒宿は… 名建築家・辰野金吾の設計だった! でも旅館の人間は誰もその事実を知らず…その時、驚きの訪問者が! 純和風の建築を生かす!女将の生き残り大作戦とは!?~6月29日14時~15時テレビ大阪「もしマネ」で放映。関心のある人は観て下さい!明治建築研究会 RT・河内長野の山奥のポツンと一軒宿は… 名建築家・辰野金吾の設計だった! でも旅館の人間は誰もその事実を知らず…その時、驚きの訪問者が! 純和風の建築を生かす!女将の生き残り大作戦とは!?~素晴らしいドラマ仕立ての歴史建築の映像を見せていただき感謝・感激です!。明治建築研究会。 名建築家・辰野金吾の設計だった素晴らしいテレビ大阪「もしマネ」で南天苑の映像を久しぶりに見せていただきました。これを契機に辰野金吾らの設計になる日露戦争の戦勝記念としての意味を持たして作られたと思われる美しい浜寺公園駅舎も映像にしていただければ幸いです。ご検討をお願いします!。明治建築研究会
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